ホンダらしい組織づくりがS660開発の意義
――では、S660を出したホンダも、マツダと同じ路線ということでしょうか。
S660を作った本質は、もちろん「数」ではなく、また「ブランド」でもないと思います。
「数」ではないと言っても、当然「投資」「収益」等お金関係はギリギリかもしれませんが成立しているはずです。
「ブランド」というものは、「数」が出ないとなかなか影響力は少ないものになってしまいます。ただ、「あること」が大切で、それで全体のブランド力を構成するということはあると思いますが、基本は数が多いことが大事だと思っています。
――影響力という点ではマスに訴えられないといけないですね、Webサイトなどはその好例だとも思えます。
Webサイトといえば、東洋経済ON LINEの「ホンダは「S660」で"らしさ"を取り戻せるか。異例の新車プロジェクトの舞台裏」という記事の中で、「設計全般の取りまとめ役だった安積悟LPL代行(48)は、「上から下に仕事を下ろすピラミッド型ではなくて、チームの全員が横並びで、それぞれに考えさせるやり方だった。皆が大きく成長した」と話す。」とありました。
まさに、これがホンダにおける「S660」開発の意義なのではないでしょうか。
日本のメーカーで自動車等の大企業は、戦後復興で大きくなり、イケイケドンドンの高度成長を経て、90年頃のバブル崩壊を経験しました。さらに2008年のリーマンショックを経て、本格的なデフレ社会になり「効率型経営」にならざるを得ず、自動車メーカー社内では効率よく仕事が回る事を重視してきたと思います。つまり、ピラミッド型組織を強化することにより、仕事が効率良く流れるように工夫してきました。
その結果、クリエイティブ(創造)領域である、作り手・売り手そしてユーザーの「喜び」という人の気持ちに寄り添った新しい価値観を提案するという商品開発が少しおろそかになったのではないでしょうか。
クリエイティブ(創造)領域は、数字であらわしにくく、上下関係がきちっとしているピラミッド組織の中では、本領を発揮しにくいものです。簡単に言うと、アイデア・発想は自由闊達・平等な中から出てくるものだからです。
――ホンダのクリエイティブ領域に長くいらした繁さんが仰るので、説得力があります。
あくまでも私自身の考え方ではありますが。その中で、こういうホンダの安積悟LPL代行が言うような、上下でなく横並びというクリエイティブ(創造)体質が作れて、こう言う体質で若い技術者が育っていけば、「数」「投資収益」の考え方から見る開発費用・投資の金額の回収がギリギリとしても、開発の意義は十分あるのではないでしょうか。
また、こういう体質が出来て継承されれば、時代を超えて次々とユーザーが喜ぶ創造的な商品開発が出来るということにつながると思います。
まさに、これがホンダイズムなのではないでしょうか。
――ありがとうございました。
横並びというクリエイティブ体質が作れ、全社的に育っていくことができれば、ますます売れるクルマが生み出されるという繁氏のお話は他業種でも当てはまるように感じた。S660単体ではさほど利潤を生み出さないとしても、中長期的に見れば大きな利益を企業にもたらすだろう。自動車に限らず、モノづくりをする企業はおしなべて、コスト計算や利益率だけでは測れない商品を生み出していくことが、時に必要となるということではないだろうか。そんな考え方を持ちながら改めてS660を見てみると、「200万円の軽スポーツカー、ビート再来」といったような単純な見方ではなく、ホンダの企業戦略のあり方が見えてくるように思えた。