習志野の潮風を受けながら、新型「CLA 180」のステアリングを握った。EVモデルの話題が先行する中で届いたのは、新開発1.5Lガソリン+48Vハイブリッドを積むベースグレードだ。路面の凹凸を優雅にいなす足回りと、高度に進化しながらもどこか人間味を残す「MB.OS」のAI。その出来栄えをトップギア独自視点で解き明かす。
140年目の原点回帰と、習志野から始まる新たなストーリー
東京湾からの湿った潮風が鼻腔をくすぐる。試乗の舞台となったのは、千葉県習志野市にある「メルセデス・ベンツ日本 習志野事業所」である。1992年に豊橋で始まった部品センターの歴史を引き継ぎ、2010年から全国のディーラーへパーツを供給し、メカニックやセールススタッフの教育拠点としても機能するこの施設は、いわば日本のメルセデス・ベンツを裏で支える「神経弾薬庫」のような場所だ。普段はリフトやパーツ棚が並ぶこの静謐な敷地に、鮮烈な「クリアブルー」のメタリック塗装を纏った1台のクーペが佇んでいた。新型「CLA 180 AMGラインパッケージ」である。
試乗前のプレゼンテーションでは、メルセデス・ベンツ日本 広報の澤井氏らが登壇し、CLAの血統について語った。2013年に初代がデビューして以来、流麗な4ドアクーペという新たなセグメントを切り拓き、2015年にはシューティングブレークを追加。日本国内だけでも累計6万台以上を売り上げてきた、同社にとっての超重要モデルである。カール・ベンツとゴットリープ・ダイムラーが自動車を発明してから140周年という記念すべき2026年、彼らが満を持して投入したのが、この新世代プラットフォーム「MMA(Mercedes-Benz Modular Architecture)」を採用した新型CLAなのだ。
世間のメディアやアーリーアダプターたちは、事前情報として駆け巡った「WLTP航続距離771km」や「800V急速充電」といったEVモデルのセンセーショナルな数値に熱狂していた。しかし、今我々の目の前に鍵が置かれているのは、電気の怪物ではない。新開発の1.5L直列4気筒ガソリンターボエンジンに48Vハイブリッドシステムを組み合わせた、いわば内燃機関(ICE)の最新にして究極の解答、「CLA 180」だ。
「なーんだ、本命のEVじゃないのか」と落胆した読者がいたなら、私はその肩を掴んで力強く首を振りたい。イギリスの『TopGear』誌がUKで敢行した先行試乗レビューにおいて、この新型CLAシリーズは「8/10」という極めて高い評価を獲得している。特に評価されていたのが、EVだけでなくガソリンエンジンをも高度に呑み込むMMAプラットフォームの基本骨格の良さと、日常域での走りの洗練度だ。果たして日本の一般道、しかも海沿いのフラットだが大型トラックの往来によって荒れた路面が点在する習志野周辺で、その真価は発揮されるのか。我々は期待と少々の懐疑心を胸に、クリアブルーのドアハンドルに手をかけた。
デザインと静寂のプレリュード:729万6千円のプライスカードが示すもの
車に乗り込む前に、まずはこの佇まいをじっくりと観察してみよう。全幅1,835mm、全長4,730mm、全高1,455mmというボディサイズは、日本の立立体駐車場や狭隘な路地でもストレスなく扱える絶妙なラインを保っている。伸びやかなホイールベースと低いルーフライン、そしてショートオーバーハングが織りなすサイドプロポーションは、「Sensual Purity(官能的純粋)」の基本思想に忠実でありながら、どこか未来的だ。
フロントグリルには、クローム仕上げのスリーポインテッドスターが散りばめられたイルミネーテッドラジエターグリルが鎮座する。EV版の142個のLEDパネルほど露骨なハイテク主張ではないにせよ、夜間や夕暮れ時には独特のグラマラスな存在感を放つ。有償オプションのクリアブルー(14万円)は、日差しを受けると深く鮮やかな透明感を見せ、AMGラインパッケージ(59万8,000円)によって装着された19インチAMGアルミホイールが足元を精悍に引き締めている。
車両本体価格は5,980,000円(税込)。これにAMGライン、アドバンスドパッケージ(57万8,000円)、有償ボディカラーを加え、オプション総額は1,316,000円。車両合計価格は7,296,000円となる。Cクラスの領域に足を踏み入れる価格帯だが、ドアを開けた瞬間に広がる光景を見れば、そのプライスカードに対する疑問は一瞬で吹き飛ぶ。
インテリアの主役は、アドバンスドパッケージによって装着されるダッシュボード全幅の「MBUXスーパースクリーン」だ。ドライバー正面のメーターパネル、中央の14.4インチメインディスプレイ、そして助手席用の12.3インチディスプレイが一体のガラス面の下に収まり、まるで浮遊しているかのように配置されている。中央の丸型エアアウトレットはジェットエンジンのタービンを思わせ、黒のレザーARTICO/MICROCUTインテリアとライトカーボングレインのトリムが、シックでスポーティな空間を作り出している。
大型のパノラミックルーフも標準装備だ。このガラスルーフは中央にフレーム(梁)がない一体型で、赤外線カットフィルムとLowEコーティングが施されているため、従来の物理シェード(ブラインド)が存在しない。そのため頭上空間(ヘッドクリアランス)が非常に広く感じられ、室内には明るくエアリーな開放感が満ちている。

ドライブトレインの深謀遠慮:1.5L「M 252」と8F-eDCTのアンサンブル
システムを起動させても、車内は静まり返ったままだ。スタートボタンを押した瞬間にV8のような劇的な咆哮を期待する時代は終わった。しかし、かといって無機質な電気の冷たさとも違う。
このCLA 180の心臓部に収まるのは、新開発の1.5L直列4気筒ガソリンターボエンジン「M 252」だ。最高出力100kW(136PS)/5,500rpm、最大トルク200N・m/1,600-4,500rpmを発揮する。数値だけを見れば「まあ、1.5Lのターボならそんなものか」と思うかもしれない。だが、このエンジンの真骨頂は、新開発の8速デュアルクラッチトランスミッション「8F-eDCT」との統合にある。
この8F-eDCTは、トランスミッションケース内部に最高出力22kW(約30PS)、最大トルク85N・mを発生する永久磁石同期モーターとインバーター、そしてDC/DCコンバーターを完全一体化させた超コンパクトなユニットだ。これに、容量1.3kWhの48Vリチウムイオンバッテリーが組み合わされる。
何がすごいのかと言えば、従来のベルト駆動スタータージェネレーター(BSG)やISG(インテグレーテッド・スターター・ジェネレーター)による「お手伝い程度のマイルドハイブリッド」とは一線を画している点だ。トランスミッション内部には3つのクラッチ(奇数段用、偶数段用、そしてエンジン切離し用)が内蔵されている。つまり、エンジンを完全にストップさせ、駆動系から切り離した状態で、電気モーター単体(EVモード)での走行が可能なのである。
プレゼンテーションで技術担当者が語ったように、発進時や低速での微低速走行、あるいは巡航からの緩やかな加速時、CLA 180は静かにモーターだけで滑り出す。従来のピニオンスターターによる「キュキュキュッ、ブオン」という振動や音は皆無。右足の微妙な踏み込みに対して、22kWのモーターが瞬時にトルクを立ち上げ、車体をスッと前へと押し出す。この初期の動き出しのスムースさは、まるで高品質な純EVに乗っているかのような錯覚を覚えるほどだ。
習志野の街へ:路上で見せた「いなし」の上品さと動的質感
習志野事業所のゲートを抜け、周辺の一般道へと走り出す。片側2車線の産業道路は、大型トラックの轍(わだち)や、継ぎはぎだらけの舗装、マンホールの段差が連続する、サスペンションにとってはなかなかの試練の場だ。
アクセルを少し強めに踏み込むと、静寂の中から1.5Lターボエンジンが目覚める。しかし、そのマウントと遮音対策(ダブルバルクヘッド構造やAピラー周りの遮音材)は徹底されており、エンジンの回転音が遠くで「ウーン」と心地よく聞こえる程度だ。ミラーサイクルを採用し、12:1という高圧縮比で燃焼するM 252エンジンは、1,600rpmという低回転から平坦なトルクの波を発生させる。そこにモーターの85N・mのアシストが重なるため、タコメーターの針が跳ね上がるのを待つまでもなく、車体は意図した速度域へと滑らかに到達する。
そして何より感銘を受けたのが、足回りの「上品さ」である。
新型CLAのフロントサスペンションは新開発の3リンク式、リアはマルチリンク式を採用している。特にリアのマルチリンクは、これまでCクラスやEクラスといった上級セグメントで培われてきた技術であり、このコンパクトクラスへの採用は大きなトピックだ。前輪のストラットを支えるロアコントロールアームは鍛造アルミニウム製で、バネ下重量が大幅に軽量化されている。
試乗車はAMGラインパッケージによって「ローバードコンフォートサスペンション」と19インチの大径タイヤ(ミシュラン製)を履いていたため、乗る前は「多少コツコツとした硬さが角に立つのではないか」と予想していた。しかし、その懸念は最初の角を曲がり、突起を乗り越えた瞬間に吹き飛んだ。
路面からの鋭い入力に対して、サスペンションは一瞬で「トン」と優しく収束させる。ダンパーがしなやかに縮み、バンプストップに当たる手前で綺麗に衝撃を吸収。ボディの揺れ(ピッチングやロール)は最小限に抑えられつつも、乗員に届く不快な振動は見事にろ過されている。海沿いのまっすぐな道路を巡航していると、まるで1クラス上のEクラスに乗っているかのようなフラット感と、「重厚かつ軽快」という矛盾するような上質さが全身を包み込む。
ステアリングのレスポンスも正確無比だ。ラック&ピニオンのステアリングギアがホイールセンターより前方に配置されたことで、切り始めからノーズが遅れなくスッと内側を向く。セルフステアの戻り感もナチュラルで、過度な過敏さ(過剰なクイック感)でドライバーを脅かすような真似はしない。UK TopGear誌が「シャシーのセッティングと乗り心地のバランスが極めて優れている」と評していたのは、まさにこの点のことだと深く納得した。
電脳空間の現在地:「MB.OS」とAIバーチャルアシスタントのリアル
海岸線を望むオープンなストレートに差し掛かり、私は今回のもう一つの目玉である「MB.OS」とAIアシスタントのテストを行うことにした。
新型CLAには、メルセデスが自社開発した新しいオペレーティングシステム「MB.OS」が全車に搭載されている。高性能なクアルコム製チップがインフォテインメントを駆動し、NVIDIA製チップが運転支援を司るこのシステムは、これまでの車載ナビの概念を根本から変えようとしている。特に話題なのが、ChatGPT、Microsoft Bing、そしてGoogle Geminiという複数の生成AIを1つに統合した「マルチエージェント構造」のMBUXバーチャルアシスタントだ。
ステアリングの音声ボタンを押すか、あるいは「ハイ、メルセデス」と話しかけると、画面の中にスターのモチーフを模した可愛らしいAIアバター(今回は「リトル・ベンツ」を選択)がひょっこりと現れる。
まずは日常的な機能命令を試してみる。
「ハイ、メルセデス。車内が熱いんだけど」
間髪入れずにAIは「助手席の温度を22度に設定します」と答え、エアコンの風量がスーッと上がった。
次に、習志野の海沿いから少し離れたエリアを想定して尋ねる。
「近くにある評判の良いイタリアンレストランを探して」
すると、Googleマップのリアルタイムデータと連動した新しいMBUXナビゲーションが、周囲の評価の高いトラットリアのリストを写真や評価星とともに瞬時に画面にリストアップした。「ここへ行く」と指でタップするか声で伝えるだけで、最適ルートが描かれる。
ここまでの認識能力とレスポンスの精度は、従来のMBUXや他社の音声認識システムと比べても圧倒的だ。言い回しの表記揺れや、少し早口な滑舌であっても、こちらの「意図(インテント)」を正確に汲み取ってくれる。車内のマイクアレイの集音性能の高さと、クラウド側での処理速度の速さには素直に脱帽した。車載システムとしての実力は文句なしにトップクラスだ。
しかし、今回の売りである「自然な会話(マルチターン会話)」や「何気ない雑談」となると、少し雲行きが変わってくる。
「ハイ、メルセデス。今日の習志野の海はきれいだね」
「はい、本日の天気は晴れで、ドライブには絶好のコンディションです」
ここまでは良い。一問一答(シングルターン)なら、完璧にスマートな返答が返ってくる。
そこで会話を続けようと、追質問を投げてみる。
「じゃあ、この近くで海が見える景色の良いカフェって知ってる?」
すると、先ほどの会話の文脈を少し見失ったのか、AIアバターが一瞬「考え中」のモーションでフリーズし、「申し訳ありません、よく理解できませんでした。もう一度おっしゃってください」というお決まりのつまずきを見せたのだ。
2問目、3問目と会話を掘り下げていくと、短期記憶の保持が途切れたり、Google Geminiへのリクエストと車両制御命令のレイヤー振り分けで内部的な葛藤が生じるのか、一気にテンポが乱れる場面が散見された。
だが、私はこれを酷評するつもりはない。むしろ「車と人間が自然に会話する」という領域において、メルセデスが本気で最前線に踏み込んだからこそ見えたリアルな「現在地」なのだ。幸いにも、MB.OSはOTA(Over-the-Air)によるアップデートに完全対応している。数ヶ月後、あるいは1年後には、ソフトウェアの進化によって「リトル・ベンツ」はより打てば響くような名相棒へと育っているはずだ。その成長プロセスをオーナーとして見守るというのも、現代のデジタルラグジュアリーの新しい楽しみ方と言えるかもしれない。
セーフティとサステナビリティ:見えない天使たちが紡ぐ安心感
試乗コースの途中、少し交通量の多い交差点や、見通しの悪い路地を通過する場面があった。ここで威力を発揮するのが、新世代の安全運転支援システム「MB.DRIVE」だ。
フロントガラス上部の望遠・広角カメラをはじめ、車体に配置された8つのカメラ、5基のレーダー、12個の超音波センサー、そして鏡の下に追加されたマルチファンクションサイドカメラが、全方位360度をミリ秒単位でセンシングしている。ディスタンスアシスト・ディストロニックの加減速は極めて自然で、割り込み車両に対するブレーキの踏み込み方も、まるで熟練のハイヤー運転手のように優しく穏やかだ。
さらに、パッシブセーフティの面でも抜かりはない。このセグメントで初採用となる「センターエアバッグ」が前席中央に備わっており、側面衝突時には運転席と助手席の間にエアバッグが展開して、乗員同士の頭部激突を防ぐ。欧州のEuro NCAPで最高評価の5つ星を獲得し、2025年の全テスト車両中で最高得点となる「Best Performer」に輝いたという実績は伊達ではない。
プレゼンテーションの最後に、パッシブセーフティ担当エンジニアのクリスティアン・グルーグラー教授が語った「我々には、人命を救うこと以上に大きな目的はない」という言葉が思い出される。どんなにデジタル化が進み、スクリーンが巨大化しようとも、メルセデスの根底に流れるのは冷徹なまでの安全への執念なのだ。
UK誌の「8/10」評価に納得。ベースモデルにこそ宿るメルセデスの真理
習志野事業所へ戻り、クリアブルーのCLA 180を停車させる。2時間の試乗を終えて車を降りたとき、胸の中に残っていたのは深い満足感だった。
UK TopGear誌がこの車に「8/10」という高い点数を与えた理由が、日本の路上でハッキリと理解できた。彼らはレビューの中でこう締めくくっている。「新型CLAは、EV時代のテクノロジーを完璧に提示しながらも、ドライバーを置き去りにしない素晴らしいプレミアムコンパクトだ」と。
世間は往々にして、カタログの最上級グレードや、最も過激なスペックを持つモデル(例えば今後登場するであろうAMGモデルや、超ロングレンジのEVモデル)ばかりに目を奪われがちだ。しかし、歴史的に見ても、メルセデス・ベンツというブランドの真価が最も濃縮されているのは、いつだって「ベースグレード」であった。
CLA 180は、1.5Lエンジンと48Vハイブリッドという日常的なパワートレインを積みながらも、上位モデルと全く同じ頑強なMMA骨格と、最先端のMB.OS、そして世界最高峰の安全装備を享受することができる。路面の凹凸を優雅にいなす上品なフットワークと、無駄なエネルギーを一切捨てない効率的なパワートレイン。これぞまさに、現代における「日常の最高峰」ではないか。
AIとの会話に少しだけ不器用な一面を残しているのも、ご愛嬌だ。完璧すぎる機械よりも、少し未来の課題を残している方が、これから長く付き合う相棒としては愛着が湧くというものだ。
もしあなたが、退屈なSUVの波に呑み込まれることを拒み、先進的なテクノロジーと、伝統的なメルセデスの走りの質感の双方を求めているのなら、新型CLA 180は間違いなく最優先で検討すべき1台である。EVという未来の足音がすぐそこまで迫る今だからこそ、この熟成された内燃機関ハイブリッドが魅せる「上品な走り」の虜になってみるのも、悪くない選択だ。
写真:上野和秀
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