東京のオフィス街から、地図から消えかけた房総の極狭林道へ。ジープ コマンダーの最上級グレード「オーバーランド」は、極上のスウェードに包まれた優雅な空間と、ディーゼル4WDの暴力的なまでの走破性を併せ持つ「タキシードを着た乱闘」だ。トップギア ジャパンの読者も刮目する、真のオールラウンダーの凄みに迫る。
コンクリートジャングルから野性の呼び声へ
東京・港区三田。ステランティス ジャパンのヘッドクオーターが鎮座するこのコンクリートとガラスのジャングルは、本来であれば泥と岩を愛するジープというブランドにとって、最も似つかわしくない生息地であるはずだ。しかし、目の前に佇む真新しい「ジープ コマンダー オーバーランド」は違った。パールホワイトトライコートのボディに、同色でペイントされたホイールフレアとフェイシア。そしてグラナイトクリスタルのアクセントが鈍く光る18インチの専用ダイヤモンドカットアルミホイール。それはまるで、これから泥沼のデスマッチに向かう特殊部隊員が、完璧に採寸されたサヴィル・ロウのビスポーク・スーツを着こなしているかのような、得体の知れない凄みを漂わせていた。
我々トップギア ジャパンの読者は、世界中のスーパーカーの甲高いエキゾーストノートから、本格クロカンの泥臭いデフロック機構までを知り尽くした、目の肥えたエンスージアストばかりだ。中途半端な妥協の産物である「なんちゃって都会派SUV」の記事を載せたところで、読者の心はピクリとも動かない。Xで過去に叩き出した190万回という爆発的なページビューのトラフィック記録も、時計などのライフスタイル系のお洒落な話題ではなく、極めてハードコアな自動車ネタだからこそ成し得た数字である。読者が求めているのは、カタログに踊る無味乾燥な数字の羅列ではない。そのクルマが、我々の退屈な日常をどうやってドラマチックに打ち壊してくれるかという「体験」だ。だからこそ、私はこの6,440,000円の重厚なキーを受け取り、三田のオフィス街から逃げるようにアクセルを踏み込んだ。目指すは、千葉県・かずさアカデミアホール周辺のさらに奥深くに潜む、クルマ一台がやっと通れるほどの極狭の林道である。
2.0Lターボディーゼル:時代に逆行するのではない、時代を牽引する怒涛のトルクだ
首都高速のランプウェーを駆け上がり、アクアラインへと合流する際、私はこのクルマの心臓部に深く感謝することになった。ボンネットの下に収まるのは、昨今のヒステリックなEVシフトをあざ笑うかのような、2.0L直列4気筒DOHCターボディーゼルエンジンだ。
最高出力は170ps(125kW)。スーパーカーの狂ったような馬力に見慣れた目には、ひょっとするとホットハッチのスペックかと見紛うかもしれない。しかし、ジープの世界においてカタログ上の最高出力などというものは、宴会の余興のようなものだ。本命は圧倒的なトルクである。わずか1,750rpmという極めて低い回転域から、350Nmという、ちょっとした地殻変動を起こせそうな怒涛のトルクが湧き上がる。この1,890kgの巨体は、電子制御式9速オートマチックトランスミッションの滑らかな采配によって、まるで魔法の絨毯に乗ったかのように軽々と、そして力強く加速していく。
日本市場において、ディーゼルエンジンはいまだに根強い、いや熱狂的とも言える支持を集めているが、それには明確な理由がある。ストップ&ゴーの多い日本の過酷な交通環境において、この低速からの分厚い「押し出し感」は絶対的な正義だからだ。EVの無機質で無音のモーター加速とは違う。アクセルを踏み込むと、遠くの方でディーゼル特有の重低音が「グルルル」と喉を鳴らし、それが分厚いトルクの波となってシートバックからドライバーの背中を強烈に押し出してくる。それは内燃機関だけが持つ、血の通った鼓動だ。WLTCモードで14.4km/Lという大柄な4WDとしては驚異的な燃費性能は、東京から地の果てまで無給油で走り抜けられるのではないかという錯覚すら抱かせる。
アクアラインの高速クルージング:動くペントハウスと極上の「汚せる」実用性
アクアラインの長いトンネルを抜け、東京湾の上を悠然とクルージングしていると、この「オーバーランド」というグレードが持つもう一つの顔がはっきりと見えてくる。それは「圧倒的な品格」だ。
オーバーヘッドコンソールを見上げれば、今回から標準装備となったコマンドビュー・デュアルペインパノラミックサンルーフが、車内に圧倒的な開放感をもたらしている。空の青さがそのまま車内の照明となるこの空間でドライバーを包み込むのは、Overlandの刺繍が誇らしげに施されたテュペロブラウン(明るい琥珀色)のシートと、エンペラドールブラウン(濃い茶色)のスウェード素材を用いたインストルメントボルスターだ。このカラーコンビネーションは、まるでイタリアの高級ヴィンテージ家具のような色気を放っている。
だが、ジープは単なるお飾りの高級車ではない。この優雅なシートは一見すると繊細な本革に見えるが、実はタフな合成皮革を採用している。ここが最高に素晴らしいポイントだ。例えば、週末のコートで数時間のハードなテニスに熱中し、大量の汗と塩分にまみれ、激しく炭水化物を欲しているような極限状態のウェアのままドカッと座り込んでも、あるいは泥だらけになった撮影機材を後部座席に無造作に放り込んでも、後で濡れたタオルでサッと拭き取るだけで元の静寂と品格を取り戻すのだ。10.25インチのマルチビューディスプレイの脇で、愛用のAndroidスマートフォンをAndroid Autoに接続し、お気に入りのプレイリストを9基のスピーカーと1基のサブウーハーを誇るプレミアムサウンドシステムから轟かせながら、泥だらけのまま極上の移動空間を楽しむ。高級感と、手荒に扱えるイージーケアを見事に両立させている。
ジープ・ヒエラルキーの中の立ち位置:7座の賢者にして、洗練された野獣
ここで少し、ジープ一族の中でのコマンダーの立ち位置を整理しておこう。ラングラーは間違いなくブランドの絶対的アイコンであり、垂直の壁すら登れそうな王者だ。しかし、普段の都市生活で使いこなすにはいささかスパルタンすぎるきらいがある。一方、グランドチェロキーは極上のラグジュアリークルーザーだが、日本の狭い路地ではその堂々たる体躯が仇となる場面も少なくない。
コマンダーは、そのすべての隙間を完璧に埋める「賢者」である。全長4,770mm、全幅1,860mmというスリーサイズは、日本の道路環境において「ギリギリ気を遣わずに振り回せる」絶妙な境界線上にある。それでいて、いざという時に頼りになる3列目シートを備えた7人乗りだ。必要な時にだけ出現するサードシートは、普段は広大なラゲッジスペースとして床下に沈黙している。つまりコマンダーは、ラングラーの冒険心、グランドチェロキーの快適性、そして日本の道にアジャストした機動力を一つのパッケージに詰め込んだ、最も合理的な解答なのだ。
極狭林道での試練:Selec-Terrainシステムという名の「神の見えざる手」
千葉県に入り、かずさアカデミアホール周辺の穏やかなワインディングを楽しんだ後、我々はついに本日のメインディッシュである名も無き林道へとノーズを進めた。
「林道」と呼ぶのもどうかというような、クルマ一台がようやく通れるほどの極狭路。鬱蒼と生い茂る木々に太陽の光は遮られ、路面は雨上がりの湿った腐葉土と、苔むした鋭い石が容赦なく牙を剥く。勾配はキツく、ブラインドコーナーが連続する。普通の乗用車ベースのSUVなら、入り口で絶望してUターンをキメて安全なカフェに逃げ込むようなシチュエーションだ。
しかし、ここからがジープの独壇場である。シフトレバー脇に配置された「Selec-Terrain(セレクテレイン)システム」のトグルを操作しようとしたが、私はあえて『Auto(オート)』モードのまま、ゆっくりとこの悪路に足を踏み入れた。
驚くべきことが起きた。ぬかるんだ急勾配のコーナーで、一瞬、右フロントのタイヤが空転しかけたその刹那、クルマの頭脳が瞬時に路面状況を「解読」したのだ。この『Auto』モードの制御は、まるで完璧にチューニングされたOSのバックグラウンドプロセスのように、ドライバーにその複雑な演算処理を一切意識させることなく、ただ結果(=圧倒的なトラクション)だけを出力してみせる。Jeepアクティブドライブと呼ばれるオンデマンド方式の4輪駆動システムは、通常走行時はリアアクスルを分離して燃費を稼ぎつつ、スリップを検知した瞬間、コンマ数秒の世界で後輪へ最適なトルクを配分する。
ステアリングからは、タイヤのブロックが泥を掴み、石を砕きながら前進していく手応えが鮮明に伝わってくる。もしここがさらに深い泥沼やぬかるみ(MUD)であったならば、迷わずモードを切り替えるべきだろう。トラクションコントロールの介入タイミングやトランスミッションの変速プログラムが劇的に変化し、スタックを力技でねじ伏せる究極のサバイバルセットアップへと変貌するからだ。しかし、この程度のトリッキーな林道であれば、コマンダーの頭脳はAutoモードのまま、全てを涼しい顔で処理してしまう。電子制御の恩恵を受けながらも、クルマの四隅の動きが手に取るようにわかる。物理法則に抗いながらも、車内は至って平和。まさに、優雅なタキシードを着たまま乱闘騒ぎを制圧する英国諜報員のような振る舞いである。
メカニズムが語りかける開発者の狂気:ステアリング越しに行われる無言の対話
今回、広報担当者が綺麗にスライドを用意して説明するような、説明会の場は設けられていなかった。しかし、我々トップギア ジャパンにとって、そんなものは不要だ。なぜなら、真のエンジニアの情熱や開発哲学は、空調の効いた会議室でのプレゼンテーションではなく、シャシーの挙動とドライブシャフトのトルク変動にこそ直接宿るからだ。
泥だらけの急勾配をジリジリと登りながら、私はステアリング越しにステランティスの開発陣と無言の対話を行っていた。コマンダーの強靭なボディ剛性と、ストロークの奥底で決して音を上げないサスペンションは、私に向かってこう叫んでいた。
『我々が目指したのは、単に7人が乗れる便利なファミリーカーを作ることではない。ジープのエンブレムを掲げる以上、それは地球上のどんな道でも確実に生還できる、本物のオフローダーでなければならないのだ』と。
また、泥だらけのキャビンを見渡した時、極上のテュペロブラウンの合皮シートが語りかけてくるメッセージも明白だった。
『この美しいシートは、汚れることを恐れてガレージに飾っておくためのものではない。泥だらけのブーツで乗り込み、太陽の下で存分に汗を流した後にこそ輝くタフな素材を選び抜いている。本物のラグジュアリーとは、ユーザーを神経質にさせることではなく、どんなに荒々しいライフスタイルをも許容する懐の深さにあるのだ』と。
彼らの設計思想は、決してポエムではない。エンジニアたちの狂気とも言える泥への執念と情熱は、この冷たい金属と樹脂の塊に見事に、そして熱く宿っているのである。
6,440,000円のプライスタグが意味するもの
森の深奥から無事に生還し、泥だらけになったパールホワイトのボディを見つめながら、私はこのクルマの真価を反芻していた。
メーカー希望小売価格、6,440,000円。この価格をどう捉えるか。同価格帯には数多のプレミアムSUVが存在する。しかし、その多くは都会の舗装路を優雅に走るためだけの、言わば「見掛け倒しのタフガイ」に過ぎない。ジープ コマンダー オーバーランドは違う。2.0Lディーゼルの暴力的なトルク、日本の林道を涼しい顔で走破する高度な4WDシステム、そして長時間の過酷なアクティビティの後でも、乗る者を極上のスウェードと合皮の空間で癒やしてくれる圧倒的な実用性。
日常の通勤から、週末のロングドライブ、そして地図から消えかけた林道への冒険まで。いかなるシーンにおいても決して音を上げず、ドライバーに「もっと遠くへ、もっと汚れる場所へ」と囁きかける。コマンダー オーバーランドは、ただの便利な移動手段ではない。安全で退屈になりがちな現代の日常に対する、最高にウィットに富んだ野性的な反逆の相棒である。
写真:上野和秀
ジープが気になった方へ
中古車相場をチェックする在庫車多数ガリバー
![]()
今の愛車の買取価格を調べる カーセンサーで最大30社から一括査定
![]()
新車にリースで乗る 【KINTO】



