重厚なウッドパネルと静寂。そんなベントレーの伝統的イメージは、トラビス パストラーナが駆るスーパースポーツの白煙を上げるタイヤとスキッド音によって打ち砕かれた。なぜ彼らは今、ストリートカルチャーや過激なパフォーマンスへと舵を切ったのか。プロダクト責任者への直撃取材で見えた、名門ブランドの知られざる戦略と「コンチネンタルGT S」の真価、そして来るべきEV時代の約束を紐解く。
ベントレーといえば、仕立ての良いスーツを着こなした英国紳士が、上質なレザーの香りに包まれながらカントリークラブへと滑り込む……そんな情景を思い浮かべる読者も多いだろう。しかし、トップギア ジャパンを愛読するような、内燃機関の鼓動と機械の限界に魅せられたエンスージアストたちよ、刮目してほしい。あのベントレーが今、スーツをレーシングスーツに着替え、後部座席を引き剥がし、さらには油圧式ハンドブレーキを引いて白煙を上げているのだ。
先日公開された映像作品『SUPERSPORTS: FULL SEND』を見たときの衝撃は忘れられない。モータースポーツおよびエクストリームスポーツ界の伝説的スタントパフォーマーであるトラヴィス パストラーナが、最高出力666PSを発揮する新型「スーパースポーツ」を駆り、英国クルーにあるベントレー本社のキャンパス内で極限のドリフト走行(彼らはこれを、工場所在地ピムズ レーンと掛けて「ピムカーナ」と呼ぶ)を披露したのだ。キャンパス全体を完全封鎖し、最高時速120mph(193km/h)で駆け抜ける映像は、まさに狂気と情熱の産物である。
映像内には、ベントレーの歴史を彩る12個の“イースターエッグ”が隠されている。1999年のコンセプトカー「ユノディエール」や、2003年のル マン優勝車「Speed 8」、さらにはベントレー会長兼CEOのフランク=シュテファン ヴァリザー自身が、パストラーナの残したタイヤ痕を片付ける役としてカメオ出演している遊び心も見逃せない。撮影現場には100名を超えるスタッフが集結し、ガス管や光ファイバーケーブルが走る実際の稼働工場内という過酷な条件下で、一切の妥協なくダイナミックな映像を完成させたのだ。
なぜ、これまで「究極のラグジュアリー」を体現してきたベントレーが、ドリフトカルチャーやストリート系を思わせる過激なパフォーマンスにフォーカスを当てることになったのか。6月20日、東京タワー駐車場で開催されたメディアラウンドテーブルにて、ベントレーのプロダクト コミュニケーション責任者であるマイク セイヤー氏に、この冒頭のイメージ変更の理由を直撃した。
彼の答えは極めて明快かつ戦略的だった。「日本をはじめとする市場では、伝統的でラグジュアリーなベントレーを好むお客様が多い傾向にあります。私たちは既存のお客様を大切にしながらも、今回のような全く異なるアプローチ、つまりドライバー志向の過激な車をお見せすることで、これまでベントレーを検討していなかった新しい顧客層、若者や真の車好きを惹きつけたいのです」なるほど、これは単なる悪ふざけではない。ブランドの持つ「ダイナミズム」というもう一つのDNAを覚醒させ、我々のような知的好奇心旺盛な車好きの心を撃ち抜くための、周到に計算された宣戦布告なのだ。ドバイの「ブルジュ アル アラブ」をベントレーグリーンにライトアップし、400名のVIPを集めて行われたワールドプレミアの熱狂も、この新たなフェーズの幕開けを象徴している。
この新たな野心の象徴として誕生したのが、世界限定500台(すでに完売)の新型「スーパースポーツ」である。1925年に誕生したオリジナルモデルから100周年を迎えるこの車は、ベントレー史上最もダイナミックでドライバー志向のモデルだ。ハイブリッドシステムを一切持たない純粋なV8エンジンを搭載し、ベントレー初となる完全後輪駆動(RWD)を採用。リアシートを取り去った完全な2シーター仕様とし、カーボンファイバーを多用することで、コンチネンタルGTのバリエーションとして初めて車重2トン切りを達成した。過去85年間のベントレーで最も軽い車である。
特筆すべきは、パストラーナの映像のために施された特別なモディファイだ。リアアクスルを瞬時にロックする油圧式ハンドブレーキが追加され、そのハンドル部分には「Mildred(ミルドレッド)」の文字が刻まれている。これは1928年にフランスでベントレーを24時間連続走行させ世界記録を樹立した初代“ベントレー ガールズ”の一人、ミルドレッド メアリー ピーターの勇敢な開拓精神にインスピレーションを得た社内コードネームだという。歴史的ヘリテージを現代のエクストリームスポーツに昇華させるこのセンスこそ、車好きの琴線に触れるポイントだ。
しかし、500台限定のスーパースポーツはすでに完売している。我々が現実的にガレージに迎え入れ、その真価を日常で味わうべき本命は、同時に発表された新型「コンチネンタルGT S」および「GTC S」である。
1922年にマン島TTレースに参戦した現存する最古のファクトリーカー「EXP2」の100周年を記念するこのモデルは、快適性重視の標準モデルと最高性能の「GT Speed」の中間に位置する、絶妙なスイートスポットを突いたドライバー志向の一台だ。
心臓部には、680PS、930Nmという圧倒的なパワーを発揮するハイパフォーマンス ハイブリッドパワートレインが搭載されている。先代Sモデルと比較して130PS、160Nmの大幅な向上を果たし、0-100km/h加速はわずか3.5秒、最高速度は306km/hに達する。さらに驚くべきは、純電動モードのみで最大80kmの走行が可能という実用性だ。日常の移動の95%を電気のみでカバーできる静粛性と、スポーツエキゾーストが奏でる4.0リッター クロスプレーンV8の野性的なサウンドを、一台で堪能できるのである。
そして、このGT Sが真に革新的なのは、「ベントレー パフォーマンス アクティブ シャシー」を採用している点だ。アクティブAWD、ツインバルブダンパー、48Vアクティブ アンチロールシステムに加え、Sモデルとして初めて電子制御リミテッド スリップ デフ(eLSD)とオールホイール ステアリングを搭載した。最も注目すべきは、ESCの「ダイナミックモード」である。このモードは、リアアクスルに適度なスリップを許容し、熟練したドライバーが意図的に車をスライド(ドリフト)させることを可能にする。万が一リアが流れすぎた際にもシステムが介入して安全を保ってくれるという、極上のエンターテインメントとセーフティネットを両立させたセッティングなのだ。
デザイン面でも抜かりはない。ブラックライン スペシフィケーションにより、マトリックスグリルやドアミラーキャップ、リアディフューザーなどが精悍なブラックアウト仕上げとなり、GT Speed専用だった「プレシジョンデザイン」のダークティント マトリックスヘッドランプが採用されている。インテリアには専用のツートーンレザー配色やフルーテッド(縦溝)デザインのシート、そして触感に優れたダイナミカ素材がステアリングやギアレバーに配され、走りへの期待値を極限まで高めてくれる。オプションでハイグロス カーボンファイバーのヴェニアを選択すれば、その空間はまさに大人のためのコクピットとなるだろう。
さて、ここで一つの疑問が浮かぶ。内燃機関の官能性をこれほどまでに高め、ドライビングプレジャーの極致を提示したベントレーは、来たるべき電動化(EV化)の波にどう立ち向かうのか。私はラウンドテーブルの終盤、セイヤー氏に「今後登場するEVは、ベントレーらしいブランドアイデンティティを保てるのか?」と率直に尋ねた。
彼の口から出たのは、エンジニアリングへの絶対的な自信だった。「私たちの開発の優先順位は、第一により良い車を作ること。第二に素晴らしい車を作ること。第三に、それがたまたま電気自動車(EV)であることです。もしあなたを新しいEVに乗せ、スクリーンを消して運転させたとしたら、それが電気自動車だと気づくでしょうか? 静粛性や豊かなトルクといったベントレー本来の持ち味は、EVに完璧にフィットしており、これまでのブランド価値を全く損なうものではありません」
ベントレーの真髄は、極上のラグジュアリーと圧倒的なパフォーマンスを高次元で融合させることにある。彼らにとって重要なのは、V8エンジンか、ハイブリッドか、完全なEVかというパワートレインの枠組みに囚われることではなく、「お客様に最大限の選択肢を提供すること」なのだ。
ドリフトを許容する過激なコンチネンタルGT Sを手に入れ、週末の早朝、静かな住宅街をEVモードで滑るように抜け出す。そして峠道に入った瞬間、V8エンジンを目覚めさせ、カーボンファイバーに囲まれたコクピットで後輪のトラクションを感じながら、ダイナミックなコーナリングの喜びに浸る。ガレージに戻れば、漆黒のブラックライン エクステリアを眺めながら、1920年代に24時間を走り抜いたミルドレッド メアリー ピーターの物語や、エンジニアたちの狂気じみた情熱に思いを馳せ、グラスを傾ける。
最先端のハイブリッド技術と、クラフトマンシップが息づくヘリテージ。そして、いざとなればタイヤから白煙を上げることすら許容する、内に秘めた野性。このコンチネンタルGT Sは、単なる移動の道具ではない。本物を知る大人の男のライフスタイルを、さらに一段高い次元へと押し上げてくれる、最高の相棒となるはずだ。選択肢が用意された今、次にステアリングを握るのはあなたである。
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