日産GT-R 50周年記念:トップギア編集部員のGT-Rとの思い出

いまじゃ日産 GT-Rになっちゃったけど、スカイライン時代から考えれば、1969年に誕生したGT-Rは50周年を迎えた。今回は、トップギア編集部員がGT-Rとの思い出を語ってくれた。アルバムとともにお伝えする。

トップギア マガジン アソシエイトエディター、トム フォード

 GT-R、私の青春時代で最も刺激的な3文字である。おんぼろ小屋のように古くて、とてつもなく遅いクルマを何台も運転していたが、いつだってGT-Rが欲しくてたまらなかった。少し前にR35 GT-Rを6ヵ月間運転したのだが、チャーリー ターナーとオリバー マリアッジ(二人とも名もなき編集部員だ)によってギアボックスがよくない形でブローしてしまうくらいまで、そのR35を故障の一歩手前まで好き勝手に走らせた。標準タイプのR32を運転したことがあるが、ビッグシングルターボ仕様のモンスター級のブーストで、LAの港周辺をドリフトできるよう、4WDの機能をオフにしたR32であった。また、ドラッグレース仕様のR33を滑らかに走らせ、スパイクタイヤを装着したR35で氷上湖をスイスイと運転し、NISMO仕様に戸惑ったものだった。

とはいうものの、いつも記憶に蘇るのは初めて手に入れたベイサイドブルーのR34 GT-Rである。当時私は(イギリスの別の自動車雑誌で)下っ端の社員だったので、これについて執筆していた有名なコメディアンからクルマをピックアップしなければならなかった。時間通りに急ぎ足で電車に乗り込み目的地に向かうと、そこにあったのはタイヤが4つとも曲がっていて、グローブボックスには大量の駐車券や違反切符が、そして助手席の足回りには犬の糞が落ちている、かなり汚いクルマだった。

しかし、それであってもこれは素晴らしかったのだ。確かに乗り心地は悪い。しかしそれは想定内だったし、かなり怖いほどまでにスピードを出すこともできた。それでも一番最高だったのは、どれだけきちんと洗車をしてもまだイヤな臭いがしたし、そのクルマを運転するのは私とチャーリー ターナー(当時同じ雑誌のデザイナーだったのだ)しかいなかったことだろう。私達の3週間のGT-R。当時はよく頑張っていたと思うし、今でもその思いは変わらない。




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