軽に乗ることは、東京を探索する最良の方法
軽自動車のメーカーの方とお話すると「トップギアは軽自動車と縁がないでしょう?」と言われることがある。だが実際は逆で、イギリスのトップギアチームは日本にしかない軽自動車や日本限定車両に大変興味があり、大好きなのである。トップギア・ジャパンも彼らの目に触れる。日本でしか入手できない情報に価値があるので、このジャンルは魅力的なのだ。
また、彼らが好きなのは、渋谷のスクランブル交差点。これは訪れるたびに沢山の外国人観光客の方々はスマホやカメラで撮影をしているのを見るにつけ、不思議な感覚になるくらいなので言うまでもない。
外国人がいかに軽自動車を愛しているか、その証拠としてトップギアのUKスタッフが渋谷に来てS660をインプレッションした記事をお届けしよう。詳細はトップギア・ジャパン001号で読むことができる。
ここまでのところ、身振り手振りでなんとかなった。日本では、喋っても書いても英語はあまり通じない。つまり、イギリス人が日本に行けば、首都東京でさえ、かなりの疎外感を味わえるというフレッシュな経験ができる。しかし、私、ステファン・ドビーの痩せた175cmの身体をかがめて、小さなホンダS660に乗り込んだとたん、英語の通訳がいればと後悔した。ミニマリストをきわめたようなダッシュボードにはナビが付いていなかったのだ。まあ、そんなものに頼るのは好きではないが、ロンドンをそのまま小さくしたようなこの街の案内だったら、最低限のヘルプにはなっただろうに。スマホをつなぐセンターディスプレイの画面に向かってジェスチャーをしてみたところで何の役にも立たず、私とジョン・ウィッチャリーはとんでもないところに来てしまったと思った。
でも気を取り直し、10~20年前の、もっとコミュニケーションとアドベンチャー精神に満ちた、スマホなんてなかったときのように行動すべきなのだ、と思い、S660の3気筒エンジンを目覚めさせて、街に繰り出してみることにした。こういう場合、何の当てもなくクルマを転がすのがベストだろう。なぜなら私たちの目的は、いま乗っているこの小さなクルマを生み出した街を探索し、その型にはまらないスタイルの手掛かりを得ることなのだから。
S660は軽自動車の規格に則っている。簡単に言えば、排気量660cc以下のエンジンで、最高出力は64ps以下、ルノートゥインゴよりも全長と全幅が小さくなければならない。もちろん欧州にも小さなクルマやダウンサイズしたエンジンはある。しかし「軽い自動車」を意味するKei-jidousha、そう、軽自動車は、戦後の緊縮を反映する形で、日本で1949年に誕生した。経済成長を促進するため、税金の負担、駐車する空間、交通渋滞などを軽減する目的で作られた。もう少し後になれば、英国ではMiniが登場したが、それは1人の人間のビジョンから生まれたものにしか過ぎず、全体的な市場の動きから生まれたわけではなかった。さらに後になってスマートという名前で別のクルマが登場するのは、40年も経ったあとである。
軽自動車のサイズとエンジンの排気量は段階的に拡大され、現行の規格に至った。これは自動車市場とそれを生み出した都市、両方の成長を反映したものだ。いま我々がいる、この街のことである。軽自動車のほとんどは実用本位のシティカーだが、創意に富んだ素晴らしい製品もあった。それは日本の自動車メーカーがひねり出したスパイスのきいた材料を、軽のクッキー型で抜いたようなクルマだ。90年代に登場したミッドシップ後輪駆動のロードスター、ホンダ ビートはその1つで、このS660は、現代における、ビートの後継車といえる。このクルマは、ストレスのない移動手段として作られたのかもしれない。しかし、クレープのように巻かれてボンネットの中に収納できる、洒落たファブリック製ルーフを備えるこのホンダ車は、見るもの全てが驚きに満ちているこの街に繰り出すには完璧な乗り物だと感じられた。
最初の目的地は日枝神社。魅力的な日本的外観の社殿が、メタリックな輝きを放つ現代的なビルの間にこぢんまりと建っている。カメラマンのウィッチャリーが写真を撮影する間、私は映り込まないように少しあたりをうろつくことにした。ここは非常にスピリチュアルな場所であることがすぐにはっきりした。地元の人たちが列を作り、祭拝殿の前で礼と柏手、鈴の音からなる正確な動作でお参りをしていたからだ。そこに黄色いオープンカーで訪れて、参拝前に手を洗うための手水舎の横に駐車するのは、なんだか不作法に感じられたので、クルマに戻った。しかし間もなく、私の懸念は吹き飛んでしまった。なぜならロッソ・コルサのフェラーリFFが、かなりの大音量でやって来たからだ。それは即座に、私たちの「洗って縮んでしまったような」スポーツカーに、ある種の文脈を与えた。無礼なイタリア車との対比によって、S660は単なる小さなクルマに見え、このクルマが持っている紛れもない日本の美意識が、その場にとても馴染んでいるように感じられた。私たちがここを後にする時、フェラーリのV12エンジンに比べて-90%のパワーしかないそのエンジンは、比べものにならないくらい静かだった。だが、そのパワーはホンダの最高傑作の6速マニュアルギアボックスを介して後輪に伝えられる。シフトのフィールはストロークが短く滑らかで、操作がとても楽しい。7,000回転まで回るエンジンをうならせれば、中央に備わった大きな回転計を介してなおさら喜びが伝わってくる。ふと、帰路につくシティカーたちが、その使命と同じくらい退屈に思えてきた。このような軽自動車には、楽しみと熟練の技術が詰め込まれている。しかも扱いやすく、燃費も良い。
さらにS660で足を延ばして高速道路を走り(念のためつけ加えておくが、エンジンの性能に不足はなかった)、静寂とは無縁の地帯に到着した。渋谷のスクランブル交差点だ。私も機内で思い描いていたように、多くの外国人が「日本の中心地」としてイメージする場所だ。
アメリカのタイムズスクエアと、ロンドンのピカデリーサーカスを掛け合わせても、ようやくこの半分くらいにしかならないだろう。喧噪に満ちた交差点では、騒々しくて眩しいネオンの広告が映し出されている。クルマやバスが四方向から入り乱れ、赤信号のフルハウスになると交通のカオスは一時停止し、歩行者の番になる。1回に1,000人はいるかと思われる歩行者が、道路の端から端まで徒歩で移動していく。ウィッチャリーが全景を撮影するためにクルマから出ると、私は彼を永遠に見失うのではないかと不安になった。道路から歩行者がほぼいなくなった頃に私の側の信号が青に変わり、彼は舗道で自分の側に次々と現れる人波に完全に圧倒されていた。小さなホンダ車は大勢の群衆に囲まれて途方に暮れたように見えたかもしれないが、小さな回転半径と無害なサイズのおかげで簡単に抜け出すことができた。時に車線の選択を誤ることがあり、最後の最後になって修正しようとしたときも、うまくごまかせたに違いない。
カメラマンを救い出し、私たちは渋谷の狂騒から逃げ出すことにした。東京では駐車場所を見付けることが難しい。土地が慢性的に不足しているからだ。渋谷の裏通りに古びた狭い路地が目に止まったので、S660の鼻先を入れた。ここを通れる(あるいは通らなければならない)クルマはわずかだろうが、しかしこれこそ、軽自動車に繰り返し唱えられている利点を証明する絶好の機会だった。あらかじめ用意しておいた言い訳用の身振りで、本当に困惑していることを表せば、どこに駐車しても許される、と思う。見た目が外国人旅行者なので、なおさら、だ。眩暈のするような光と人混みから離れると、私たちの小さくてやんちゃなロードスターは特に変わり者に見えた。新型NSXに敬意を表し、3分の2のスケールにしたような魅力的なクルマだ。もし小さなクルマをお望みの人がいたら、是非こんなクルマをお勧めしたい。単に私が日本語で「このマヌケ野郎」という意味の言葉を知らなっただけかもしれないが、違法駐車であろう私たちのクルマを見ながら通り過ぎる歩行者たちからは、敵意よりも好意が感じられた。トヨタクラウンのタクシーだったら、もっと厳しい目で見られたに違いない。込み合った車線では、当然ハンドリング・バランスの限界を探求することはできなかったが、グリップが強力でパワーが小さなこのクルマでドリフトしたいのならば、濡れたゴーカート場に行く必要がある。しかし、車重が軽くてオーバーハングが切り詰められているため、素速く正確な方向転換ができる。私がこれまで運転したことがあるどのシティカーも、これほど低い着座位置でしっかりと身体が保持されるドライビング・ポジションを持つクルマはなかった。ホンダは軽の制限を最大限に利用し、実験的な発明品を作り出したのだ。安く走れるクルマが必要であっても、個性に欠けるもので良いという言い訳にはならない。
ちょうどアイスクリーム販売のカワイイ軽バンが現れて、横を通りたそうにしていたので、この場から去ることにした。そしてさらに数時間、東京の交通の中をあちこち走り回った。昼から夜になるのを目にし、都会から発せられる眩しいライトと騒々しい音が、自然の光から生気を奪っていった。そこにそびえ立つのは、高さ333mの東京タワーだ。故郷から9,500km離れたこの地で、最上階にある250mの特別展望台に登る機会を逃すのは失礼だろう。夕暮れ時の東京は息をのむような美しさだった。そして運転しやすい軽自動車が生まれる切っかけとなったこの街が、いかに複雑に混み合っているかということを、新たな視点で理解できた。軽に乗ることは、東京を探索する最良の方法だ。日本の抗いがたい奇妙さと、そして戦後からの復興が、常識を覆す3.4m×1.5mのクルマを作り上げた。ラゲッジスペースに何も入れる必要がないのなら、S660は都心の移動をより容易に、より楽しくしてくれる極上の方法になるだろう。
しかし、ここで不意の1発をくらってしまった。他の軽自動車と同様に、198万円のこの小さなホンダ車も、日本以外の国で販売する予定はないという。S660の魅力にすっかりやられてしまった後で、私たちにこれらのバラエティに富んだ小型車が与えられない理由(事故で悲惨な結果になり得るサイズ問題の他に)を考えてみた。欧州では力強くてスタイリッシュ、そしてどうやら少なからず高級感のあるシティカーが好まれるせいだろう。しかし今や最先端となった全て、つまり縮小された3気筒エンジン、抑えられた税率、どんどん膨張し続けるサイズからの転換は、S660のような小さくて卓越したクルマが、60年以上に渡って日本の市場を活気づけてきた証拠になっている。小さくて快適なクルマで東京の景色と音にどっぷり浸かったあと、抗議のプラカードを掲げなくてはいけないような気分になった。全ての都市に、このようなクルマが必要だ。
>>軽に乗ることは、東京を探索する最良の方法
物理的にはそうなんですが、都市部では軽自動車でも車庫証明が要るし、とりわけ東京では駐車場代は高い。
けっきょく東京で自動車を所有し保管できる経済力のある人にとって、軽自動車が魅力的な商品になってないわけです。