20世紀初頭から活躍していたアルファロメオの女性ドライバー

アルファ ロメオは国際女性デーに際し、モータースポーツの輝かしい歴史を彩った女性レースドライバーに敬意を表したい。彼女たちの偉業は単なるスポーツ価値を超越し、先入観や障壁を克服する前例を作った。ここで紹介する女性レーサーたちはそれぞれが違う時代に活躍し、出自も様々である。しかしながら彼女たちに共通しているのは、パイオニア精神とレースに対する情熱、そして、恐れることなく新境地を切り拓こうとするチャレンジ精神である。アルファ ロメオブランドを成功へと導いた偉業の歴史を称え、現在から20世紀初頭に活躍した女性レースドライバーたちをご紹介する。

タチアナ・カルデロン(Tatiana Calderon)

コロンビアのボゴタで1993年に生まれたタチアナ・カルデロンは、2005年に国内選手権のイージー・カート・プレジュニアシリーズで優勝したのを皮切りに、モータースポーツシーンで頭角を現していく。そのわずか3年後にはアメリカのスター・オブ・カート選手権東部ディビジョンで初の女性ドライバーとして優勝を飾っている。

2017年にはザウバーF1チームの開発ドライバーとなる。1年後にザウバーは彼女を開発ドライバーからアルファ ロメオ・レーシングのテストドライバーへと昇格させ、カルデロンはラテンアメリカ出身の女性としては初めてF1マシンをドライブした女性となった。

カルデロンはアルファ ロメオの現役女性ドライバーだが、一世紀以上前、第一次大戦後にも、マリア・アントニエッタ・ダヴァンツォがアルファ ロメオ初の女性レースドライバーとして活躍している。

タマラ・ヴィダリ(Tamara Vidali)

アルファ ロメオがレース界にカムバックすべく設立されたアルファ・コルセ部門は、タマラ・ヴィダリをスターダムに押し上げることにも貢献した。1992年のイタリア・ツーリングカー選手権グループNで、彼女はアルファ ロメオ33 1.7クアドリフォリオ・ヴェルデを駆って年間チャンピオンに輝いている。

マリア・グラツィア・ロンバルディとアナ・カンビアギ(Maria Grazia Lombardi & Anna Cambiaghi)

1950年代にF1史上初の女性ドライバーとして歴史に名を残すマリア・テレーザ・デ・フィリッピスの後を追ってマリア・グラツィア・“レラ”・ロンバルディは二人目のイタリア人女性ドライバーとしてF1に参戦し13のレースに出場した。1982年から1984年の間、彼女はアナ・カンビアギやジャンカルロ・ナッデオ、ジョルジオ・フランチャ、リナルド・ドロヴァンディとともにヨーロッパ・ツーリングカー選手権にアルファ ロメオGTV6 2.5で参戦し、輝かしい戦績を残している。

クリスティン・ベッカーズとリアン・エンゲマン(Christine Beckers & Liane Engeman)

1960年代はアルファ ロメオ・ジュリアスプリントGTAがモータースポーツシーンを席巻した。当時がアルファ ロメオの歴史を数々の勝利によって彩る貴重な時代であったことは良く知られている。しかしながら、あまりよく知られていないこともある。スーパーチャージャーを積んだアルファ ロメオGTA-SAである。当時のグループ5向けに10台が製作されたGTA-SAは、油圧駆動の遠心式コンプレッサーを採用し、220馬力のパワーで時速240キロという性能を発揮。当時のレースマシンの中でも突出したパワーを誇ったが、当時アウトデルタでテストドライバーを務めていたテオドロ・ツェッコリは「何の前触れもなしに突然ブーストがかかってパワーがさく裂するので、コーナーなどでは扱いにくく予測のつかないマシンだった」と評している。このじゃじゃ馬を誰よりも上手に御したのは若いベルギー人のクリスティン・ベッカーズだった。1968年にベルギーのウイエで開催されたレースで彼女は誰もがコントロールすることに苦しんだGTA-SAを駆って優勝している。翌年もコンドロズ、エルブモン、ザントフォールトで入賞を果たしている。しかしながらGTA-SAを飼いならしたのはベッカーズだけではなかった。トアイン・ヘゼマンのチームからアルファ ロメオ1300ジュニアでオランダの国内選手権に参戦していたリアン・エンゲマンもGTA-SAと相性が良かった数少ないドライバーの一人である。ちなみに彼女は後年、アルファ ロメオのモデルも務めた。

スサーナ・“スージー”・ラガネッリ(Susanna “Susy” Raganelli)
四輪のレースで唯一世界チャンピオンになった女性ドライバーと言えばスサーナ・“スージー”・ラガネッリをおいて他にない。1966年にスージーは100ccカート世界選手権でリーフ・エングストロムやロニー・ピーターソンなどのなみいる強豪を抑えて年間チャンピオンに輝いた。ラガネッリの人生はアルファ ロメオとは切っても切れないものだった。レーサーとしてのキャリアの終盤に彼女はアルファ ロメオGTAで数々のレースに出走した。また、わずか12台しか生産されなかった伝説的な1967年式アルファ ロメオ33ストラダーレを購入した一人でもあった。

アダ・パーチェ(ドライバーネーム、“サヨナラ”)(Ada Pace “Sayonara”)

1950年代にはアルファ ロメオのステアリングを握って優れた成績を残した女性レーシングドライバーが存在した。トリノ生まれのアダ・パーチェである。約10年に及ぶ彼女のレーサーとしてのキャリアの中で、パーチェは国内選手権で11回の優勝を飾っている。そのうちの6回はツーリングカーで、残りの5回をスポーツカテゴリーで優勝している。レースに出場するときパーチェは 必ず“サヨナラ”というレーサー名を使っていた。彼女はアルファ ロメオ・ジュリエッタ・スプリント・ヴェローチェとアルファ ロメオ・ジュリエッタSZをドライブしていた時代に頂点を極め、1958年にはトリエステ・オピチーナ・ヒルクライムレースで優勝している。

オデット・シコ(Odette Siko)

1930年代にアルファ ロメオはモータースポーツ界の主役に躍り出ていた。高いパフォーマンスを発揮したレースマシンがその立役者であったことは言うまでもないが、それ以上に伝説的なドライバーたちがモータースポーツにおけるアルファ ロメオの名声をさらに高めていった。当時、タツィオ・ヌヴォラーリやアキッレ・ヴァルツィ、ルドルフ・カラツィオラにレイモン・ソメールなど、錚々たるドライバーたちがしのぎを削っていた。中でもソメールは1932年のルマン24時間レースでアルファ ロメオ8C 2300を駆って優勝を果たしたが、同レースでアルファ ロメオ6C 1750 SSのステアリングを握って2リッタークラス優勝、総合で4位に入賞したオデット・シコを忘れてはならない。若いパリジェンヌのシコは一躍レース界で脚光を浴びるようになり、レースでのパフォーマンスのみならずパドックでのエレガントな振る舞いも注目の的であった。当時、同じフランス人女性ドライバーであったエレ・ニースともにスポットライトを浴びた二人の女性ドライバーは、いずれもアルファ ロメオと人生が交差していた。

エレ・ニース(Hellè Nice)

出生名はマリエッテ・ヘレーネ・デラングだったエレ・ニースは、レーシングドライバーであると同時にモデル、スタントウーマン、そしてダンサーでもあった。社交的な性格だった彼女は当時、ロートシルト家やブガッティ家とも交流があった。ニースは主にヨーロッパとアメリカのモータースポーツシーンで数々の戦績を残したが、車体にスポンサーのブランド名を掲示した初期のドライバーの一人でもある。1933年にモンツァで開催されたイタリアン・グランプリには、彼女自身が所有するアルファ ロメオ8C 2300モンツァで参戦している。このレースはジュゼッペ・カンパーリ、バコーニン・ボルザッキーニ、スタニスラ・ツァイコウスキーがレース中に命を落とした悲劇的なレースとしても知られている。1936年にはモンテカルロで開催されたレディース・カップに出走。同年にはサンパウロ・グランプリに出場し、大クラッシュを喫している。

アンナ・マリア・ペドゥツィ(Anna Maria Peduzzi)

アルファ ロメオの歴史はスクーデリア・フェラーリ抜きに語ることはできない。数々の「跳ね馬」ドライバーの中で、フランコ・コモッティ、通称「モロッカン(モロッコ人)」の妻でコモ生まれのアンナ・マリア・ペドゥツィは数少ない女性ドライバーだった。自身が所有していたアルファ ロメオ6C 1500スーパースポーツは、彼女がエンツォ・フェラーリから直接購入したものだったが、彼女はこれを駆って様々なレースに参戦した。1934年のミッレミリアでは1500クラスで優勝を飾り、戦後にはアルファ ロメオ1900スプリントとアルファ ロメオ・ジュリエッタで数多くのレースに出場した。

マリア・アントニエッタ・ダヴァンツォ(Maria Antonietta d’Avanzo)

第一次世界大戦が終戦を迎えてほどなくしてバロネス・マリア・アントニエッタ・ダヴァンツォがアルファ ロメオからモータースポーツ界へのデビューを果たした。パイロットでありジャーナリストでもあったダヴァンツォは、イタリアのモータースポーツ界で女性レーサーのパイオニアである。彼女は1921年にブレシアで開催されたレースでアルファ ロメオG1をドライブして3位入賞を果たしている。ダヴァンツォは当時のモータースポーツ界で輝かしい戦績を誇っていたエンツォ・フェラーリを含む男性レーサーたちの良きライバルであった。ダヴァンツォはその後も様々なカテゴリのレースに参加し、その活躍は1940年代まで続いた。

アルファ ロメオ
110年の歴史を誇るアルファ ロメオは、自動車の歴史において最もスタイリッシュでスポーティーな作品の数々を世に送り出している。その伝統と遺伝子は今日にも受け継がれ、自動車のデザインに次々とイノベーションを起こしている。アルファ ロメオ・ステルヴィオはSUVにスタイリングとテクノロジー、そしてパフォーマンスの新たな基準を打ち出した野心的な作品である。数々の賞を受賞したアルファ ロメオ・ジュリアはモータースポーツにインスパイアされたパフォーマンス、最新技術と爽快なドライビング体験をこのプレミアム・ミッドサイズセダンに凝縮している。ジュリア・クアドリフォリオとステルヴィオ・クアドリフォリオは歴代のアルファ ロメオの中でも最強のパワーユニットを搭載している。

https://www.alfaromeo-jp.com

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