ベントレーマリナーのブロワー復刻版第1号車のエンジンが歴史あるテスト設備で始動

ベントレーマリナーのブロワーコンティニュエーションシリーズの第1号車のエンジンが、ベントレーのクルー工場で特別に準備された専用のテストベッドで初めて始動された。

ブロワーコンティニュエーションシリーズは、1920年代後半にサー・ティム・バーキンがレース用に製作した4.5リッターのスーパーチャージャーを搭載した、史上最も有名なベントレーのひとつである「ブロワー」を、12台新たに再現したものだ。世界初の戦前車のコンティニュエーションシリーズであるこの12台は、世界中のベントレーコレクターや愛好家のために、既にすべて事前に販売されている。

プロジェクトのためのエンジニアリングプロトタイプである「カーゼロ」が完成し、ベントレーマリナーは、スペシャリストの専門サポートを受けて、最初のエンジンを再現した。エンジンの製作中に、ベントレーのエンジニアチームは、ベントレーのクルー本社にある4つのエンジン開発テストベッドのうちの1つを準備し、作業を開始した。このエンジンテスト設備は1938年の工場建設時からベントレーにあり、元々は第二次世界大戦中のスピットファイアやハリケーン戦闘機用に工場で生産されたマーリンV12エアロエンジンの試運転やパワーテストに使用されていたもの。

テストベッドの準備には、エンジンを格納するためのブロワーのフロントシャーシのレプリカを作成し、それをコンピューター制御のエンジンダイナモメーターに取り付ける必要が生じた。
エンジンの測定と制御を行うための新しいソフトウェアバージョンを作成してテストを行い、ベントレーのエンジニアが正確なパラメータでエンジンをモニターして始動することができるようにした。ブロワーのパワートレインは、ベントレーの最新の市販エンジンとはサイズや形状が大きく異なるため、今もベントレーに保管されているオリジナルのマーリンテストベッドの器具が、これらの特別なエンジンを搭載するためのテストベッドとして活用されているのだ。

エンジンが完全に取り付けられた状態で、2週間前に最初の始動が行われ、現在、最初のエンジンは、フルパワーテストの前の定められた走行スケジュールのプロセスに入っている。
まずエンジンは20時間のサイクルでテストされ、アイドル状態から3,500rpmまでエンジン回転数と負荷条件の両方を徐々に上げていく。各エンジンが完全に試運転された後、全負荷時のパワーカーブが測定される。

テストベッド走行が完了すると、カーゼロのエンジンの次のステップは現実世界での耐久性試験である。
車両の組み立てが完了すると、トラックテストのプログラムが開始される。走行時間と速度を徐々に増加させながら、より厳しい条件下での機能性と耐久性を確認していく。
このテストプログラムは、8,000kmのトラック走行で35,000kmの実走行に相当する走行距離を達成するように設計されており、北京~パリ間やミッレミリアなどの有名なラリーでの走行を想定している。

新しく作られたブロワーエンジンは、1920年代後半にレースに出場したティム・バーキンの4つのチームブロワーのエンジンを忠実に再現したもので、クランクケースにマグネシウムを使用している。
そもそも、ブロワーエンジンは、W.O.ベントレー自身が設計した自然吸気4 1/2リッターエンジンとして誕生した。それ以前のベントレーの3リッターエンジンと同様に、4 1/2リッターエンジンには、シングルオーバーヘッドカムシャフト、ツインスパークイグニッション、各気筒に4つのバルブ、そしてもちろんベントレーの伝説的なアルミピストンなど、当時の最新のエンジン技術が結集されていた。W.O.の4 1/2リッターエンジンのレーシングバージョンは約130bhpを発生させていたが、ベントレーボーイズであるサー・ティム・バーキンはそれ以上のものを求めていた。
W.O.は常に絶対的なパワーよりも信頼性と洗練性を重視していたため、より多くのパワーを得るための解決策は常にエンジンの容量を増やすことであった。しかしながらバーキンには別の計画があった。それはその4 1/2リッターエンジンをスーパーチャージ化することで、同時にそれはW.O.自身のデザインしたエンジンを「汚される」と思ったアイデアであったのだ。

バーキンは、裕福な財政家ドロシー・パジェットからの資金と、クライヴ・ギャロップの技術力により、スーパーチャージャーのスペシャリストであるアムハースト・ヴィリエスに4 1/2用のスーパーチャージャーの製作を依頼した。ルーツタイプのスーパーチャージャー(通称ブロワー)は、エンジンとラジエーターの前に取り付けられ、クランクシャフトから直接駆動される。エンジンの内部改造は、新しくて丈夫なクランクシャフト、コンロッドの強化、オイルシステムの変更などに及んでいる。

レーシングチューンでは、バーキンの新しいスーパーチャージド4 1/2リッターエンジンの出力は約240bhpと強大だった。それゆえ、「ブロワーベントレー」は非常に速くなりましたが、W.O.が危惧していたように、いささか脆くもあった。1930年のル・マンで自然吸気のベントレースピードシックスの優勝に貢献するなど、ブロワーはベントレーの歴史の中で一定の役割を果たしたが、12回レースに出場したものの、優勝は一度もなかったのである。




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