メルセデス・マイバッハから、ブランド史上初となる電気自動車「EQS 680 SUV」が登場した。価格2,790万円からというこの究極の電動ラグジュアリーSUVは、単なるゼロエミッション車ではない。試乗して明らかになったのは、常識を覆すほどの「異次元の静粛性」だ。走行中のノイズは完璧に遮断され、まるで魔法の絨毯に乗っているかのような滑らかな乗り心地を提供する。豪華なナッパレザーとMBUXハイパースクリーンが融合した内装は、まさに「動くファーストクラス」。685馬力の圧倒的なパワーを持ちながら、その本質は後席の乗員をもてなす究極の洗練性にある。その驚異的な乗り心地から豪華絢爛な内外装、先進技術に至るまでを徹底レビューし、このクルマがなぜ「令和のショーファードリブン」と呼ぶにふさわしいのかを解き明かす。
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いいね!常識を覆すほどの圧倒的な静粛性。後席の快適性に特化した「マイバッハ・ドライブモード」とエアサスが生む乗り心地は、まるで魔法の絨毯のよう。ナッパレザーを贅沢に使った内装とファーストクラスパッケージは、地上を移動する最高級スイートルームそのもので、究極のもてなし空間を実現
イマイチ唯一の弱点は、回生ブレーキと物理ブレーキの連携がもたらす、一貫性に欠けるブレーキフィール。また、あまりに完璧な静粛性と滑らかさは、時にクルマとの一体感を希薄にさせ、良くも悪くも現実世界から乖離した感覚を生む
「超富裕層でさえゼロエミッションを望んでいるが、最も目立つ方法で」。こんな挑戦的なコンセプトを考えたのではないかと疑うほど、メルセデス・マイバッハ EQS 680 SUVの本質は富裕層向きに作られている。伝説的なコーチビルダーの名を冠したマイバッハが、その100年を超える歴史の中で初めて世に送り出した電気自動車。それは、単なる電動化の波に乗ったラグジュアリーSUVなどという陳腐な言葉では表現しきれない。富と権力の象徴が、サステナビリティという次なる時代の価値観を纏い、未来の覇権を握るために降臨した姿そのものであった。
ベースはメルセデスEQS SUVだが、これを単なるバッジエンジニアリングと見なすのは、あまりにも早計だ。2024年8月、ついに日本に上陸したその佇まいも、乗り心地も、そして目指す頂も、全くの別次元に存在する。
威厳と先進性が織りなすエクステリア
全長5,135mm、全幅2,035mmという巨躯は、単なる威圧感ではなく、静かな湖面のような揺るぎない威厳を放つ。その顔つきは、紛れもなくマイバッハの血統を主張している。フロントマスクは、内燃機関の冷却を必要としないEVの特性を活かした広大なブラックパネルで覆われる。この滑らかなパネルの奥には、レーダーやカメラといった先進運転支援システムのセンサー類が巧みに隠されており、無数のクロームメッキされたマイバッハロゴのストライプが、光の角度によって妖艶な表情を見せる。その頂点には、EV時代においても変わることのない権威の象徴、スリーポインテッドスターのボンネットマスコットが輝いている。
サイドビューに目を移せば、伸びやかなシルエットがクロームで縁取られたウインドウグラフィックによって一層際立つ。特にBピラーにあしらわれたクローム加飾は、職人技のポリッシュ仕上げが施され、まるで宝飾品のようだ。リアのDピラーには、このクルマが特別な存在であることを示すマイバッハのエンブレムが誇らしげに鎮座する。足元を飾るのは、標準装備される22インチの鍛造アルミホイール。そのディッシュ形状のデザインは、見た目の豪華さだけでなく、空力性能の最適化とロードノイズの低減という機能的な役割も担う、まさに機能美の結晶である。
そして、マイバッハの真骨頂といえば、オプションで用意される5種類の専用ツートンカラーだろう。上部と下部を分ける繊細なコーチラインは、熟練の職人が手作業で描き入れるものであり、この塗装プロセスだけでも膨大な時間を要する。夜の帳が下りれば、ドアを開くたびに地面にマイバッハのエンブレムがプロジェクションマッピングで映し出され、乗員を特別な世界へと恭しくエスコートする。細部に至るまで、これほどまでに所有する喜びを演出するSUVは他に存在しない。
テクノロジーと伝統工芸が融合したサンクチュアリ
重厚なドアを電動コンフォート機能で静かに開けると、そこはテクノロジーと伝統工芸が完璧な調和を見せるサンクチュアリが広がる。まず視界に飛び込んでくるのは、幅141cmに及ぶMBUXハイパースクリーンだ。運転席から助手席までを一枚のガラスパネルで覆い、3つの高精細ディスプレイを内包するこのインターフェースは、圧倒的な未来感を演出する。しかし、その周囲は温もりに満ちている。ステアリングホイールからダッシュボード、広大なセンターコンソール、ドアトリム、そして頭上のルーフライナーに至るまで、植物由来の鞣し加工が施された最高級のナッパレザーが惜しげもなく使われ、その精緻なステッチワークがクラフツマンシップの高さを物語る。
しかし、このクルマの真価は、やはり後席にある。オプションの「ファーストクラスパッケージ」を選べば、そこは左右独立シートを備えた、地上を移動するプライベートジェットのキャビンへと変貌するのだ。電動コンフォートドアが外界の喧騒を完全に遮断すると、そこは自分だけの空間となる。シートのリクライニング角度は深く、電動オットマンと組み合わせれば、完全に体を預けて寛ぐことが可能だ。暖房、ベンチレーションはもちろんのこと、首や肩まで温めるネック&ショルダーヒーター付きのホットストーン式マッサージ機能が、長旅の疲れを芯から癒してくれる。
後席専用のセンターコンソールには、格納式のテーブル、温冷機能付きカップホルダー、そしてエンターテイメントを愉しむためのタブレットがスマートに収まる。さらにオプションで、シャンパンボトルを最適な温度に保つ冷蔵庫と、それを注ぐための専用の銀メッキ製シャンパングラス、そしてそれを確実に保持するホルダーまでもが用意される。これはもはや自動車の室内ではない。最高級ホテルのスイートルームが、そのまま移動していると表現するのが最もふさわしい。
底知れぬパワーと究極の洗練性
前後アクスルに搭載された永久磁石同期モーターが生み出すシステム最高出力は685馬力、最大トルクは実に955Nmに達する。このスペックシート上の数字だけで、多くのスポーツカーは道を譲るだろう。アクセルペダルに軽く力を込めると、3トンを超える巨体は一切の躊躇なく、まるで重力を無視するかのように滑り出す。床まで踏み込めば、わずか4.4秒で100km/hに到達する。その加速は強烈無比でありながら、エンジン車のような爆発的な咆哮はない。あるのは、底知れないトルクの波にどこまでも押し出されていくような、静かで圧倒的な感覚だけだ。
しかし、このクルマで全開走行を試みるのは、どこか「英雄的に愚かな行為」に思えてくる。なぜなら、EQS 680 SUVの本質は、獰猛な速さではなく、その対極にある究極の洗練性にあるからだ。このクルマの持つ気品と格調が、ドライバーに自制心を求め、荒々しい運転を躊躇させるのである。
常軌を逸した「マイバッハ サイレンス」
このクルマの価値を決定づける最も重要な要素、それは常軌を逸したとも表現できる静粛性である。メルセデスのエンジニアは、外部の音を遮断するため、考えうるあらゆる手段を講じている。ラミネートガラスは当然のこと、ボディのあらゆる空洞には特殊な遮音フォームを充填。走行中の風切り音というEVの天敵を封じ込めるため、Aピラーには特殊な形状のエアロフリックを装着し、ドアやウインドウ周りには何重もの巧妙なシールを施す。さらには「石がホイールアーチの内側に当たる音すらも減衰させる」ために、専用の吸音材を追加するという徹底ぶりだ。
パワートレインの静粛性も凄まじい。前後アクスルに搭載されたモーターは、特別なカプセルで密閉され、さらにサブフレームとの接続には二重に絶縁されたラバーマウントが使用される。これにより、モーター由来の微細な振動や高周波ノイズは、シャシーに伝わる前にほぼ完璧に遮断される。
その結果生み出されたのは、「信じられないほど静か」な移動空間。「マイバッハ・ドライブモード」を選択すれば、AIRMATICサスペンションは路面の凹凸を完全にいなし、まるで魔法の絨毯に乗っているかのような浮遊感をもたらす。後席下には「オシレーションノード」なるデバイスが備わり、タイヤが発する不快な低周波振動を逆位相の振動で打ち消す。あまりの静けさと滑らかさは、時に運転という行為からドライバーを乖離させ、「やや麻酔をかけられたような」奇妙な感覚にさえ陥るほどだ。この静寂の中で、Burmester 4Dサラウンドサウンドシステムが奏でる音は格別だ。15個のスピーカーとシート内蔵のエキサイターが、音楽を聴覚だけでなく、触覚にまで訴えかけてくる。
先進技術と、唯一の人間味
これだけの巨体にもかかわらず、取り回しは驚くほど軽快だ。標準装備のリアアクスルステアリングは最大10度の切れ角を持ち、最小回転半径はわずか5.1m。これはCクラスセダンに匹敵する数値であり、都内の狭い路地やホテルの車寄せでも、その巨体を意識させない。
しかし、完璧に見えるこのクルマにも、唯一の弱点、あるいは人間味と言える部分が存在する。それは、一貫性に欠けるブレーキフィールだ。強力な回生ブレーキは644kmという長大な航続距離に貢献するが、回生ブレーキから物理的なディスクブレーキへと移行する際のペダルフィールが不自然で、時に踏みごたえが変化する。この上なく洗練された走行体験の中で、この点だけが、ドライバーに現実世界の物理法則を思い出させる唯一のノイズと言えるかもしれない。
結論
メルセデス・マイバッハ EQS 680 SUVは、ワールドクラスの洗練性と申し分のない技術仕様、そして最高レベルの車内体験を提供する、間違いなく自動車の歴史における一つの到達点だ。従来のエンジン駆動のラグジュアリーカーが持つ、あの独特のキャラクターや権威とは少し違う次元にいる。
そのあまりの完成度の高さ、完璧なまでの静粛性は、内燃機関が奏でてきた鼓動や振動といった、我々が慣れ親しんだ「クルマらしさ」を完全に消し去った。これは、運転を愉しむためのクルマではない。運転というタスクから解放された後席の主人が、喧騒に満ちた日常から隔絶され、移動時間を究極にプライベートで快適なひとときへと昇華させるための、至高の装置である。
静寂に包まれ、滑るように走り、テクノロジーの粋を尽くしたもてなしを提供する。これこそ、電動化という新しい時代がもたらした、ショーファードリブンの新たな理想像だ。メルセデス・マイバッハ EQS 680 SUVは、まさに「令和のショーファードリブン」なのである。
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