ドライバーなら誰しも、コックピットの操作周りの使い勝手には注意しているはずだ。たいていは何年もの間、使い込んでいくし、その過程で、ときには不満な点も出てくる。それでは、ベントレーのコンチネンタル GTやフライングスパーの運転席に座ったときには、どんな世界が見えるのだろうか。
まずはメーター。計器内側に施された3Dナーリングやエレガントな指針の下の微妙な陰影は、すべてアクティブ・マトリクス薄膜トランジスタ上でデジタル処理されたものであり、その厚みはミリ単位で計測されている。これはベントレーのインフォテイメント・システム担当スペシャリスト、グレイム スミス率いるヒューマン・マシン・インターフェース(HMI)チームの仕事である。
永続的デザイン価値を持つ最先端のテクノロジー
過去のベントレーモデルを思い浮かべてみると、ティム バーキンの1929年製4½リッタースーパーチャージャー付き「ブロワー」ベントレーのダッシュボード上にある真鍮製ラップ・カウンター(ビリヤード台のスコア・カウンターを参考にしたもの)や、簡素なウォールナット製ダッシュボードにアナログ式メーターを深く埋め込んだ1952年製R-Type コンチネンタルの確かなシンプルさなど、インテリアのディテールが目に浮かんでくる。ベントレーのインテリアはクラフツマンシップとブリティッシュ・デザインの美学を物語るものであり、それがベントレーの魅力の強力な一部となっている。
しかし、今日のベントレーのインテリアだとしたら、デジタル技術が組み込まれていなければならない。
スマートフォンとの接続、デジタル地図の3Dビュー、(同乗者のための)音楽や映画の再生、キャビンの雰囲気を指先ひとつで制御する機能などは、配線や歯車を使わずすべてピクセルやマイクロプロセッサーから生み出される。
平面的で透明なスクリーンに、それを取り囲む手作りのウッドや輝くナーリング加工が施された金属と同じデザイン様式を与えようとするのは一つの挑戦であるが、ベントレーのグレイム スミスと彼のチームであるヒューマン・マシン・インターフェース(HMI)のデザイナー達はこれに取り組み、大きな成功を収めてきた。その一つの証拠として、トップギアのアワードでインテリア部門の受賞と相成っているのだ。
スキューモーフィズム論争:ベントレーの哲学
グラフィック・デザイナーのグレイムと彼のチームは、クルー本社のスタイリング・チームと協力して新型モデルで使用する予定のアイコン、色、イメージのムードボードを作成している。その目的は、グラフィックをスキューモーフィック(実際の物体を模して立体的に表現すること)にするか平面的なデジタル・デザインにするかを決めるためだ。ベントレーのアプローチについて、スミスは次のように説明している。
「ベントレーはスマートフォンではありません。何世代にもわたり使用され、大切にされるものです。そのため私たちは、クルマと一緒に歳を重ねることができるような、スキューモーフィックなアプローチを選びました。10年前のピュアなデジタル式計器類のグラフィックを見ればお判りでしょう、それらの中には車両本体よりも早く古臭く感じてしまうものもあります」
デザイン・ディレクターのステファン シーラフも、彼と同じことを述べている。
「一般的には、明快で平面的なグラフィックによる情報伝達が好まれており、実物のスキューモーフィズムは徐々に淘汰されつつあります。しかし、私たちはブランドにとってもクルマにとっても相応しいとは思えないため、このような超近代的なデジタル・グラフィックという方向性は取らないことを明確にしていました。私たちはこの種の情報を伝統的な方法で伝えるために、現在でもスキューモーフィズムな計器類、指針を使っています」たしかに、なんでもかんでもフラットデザインが周囲には溢れている。その意味でも、ベントレーの特異性が際立ってくるのだろう。
ナイトモード – 魔法の瞬間
ベントレーの最新のデジタル・デザイン・イノベーションのひとつが、ナビゲーションやインフォテイメントが必要ないときに、道路から注意を逸らさないようにするために新たに採用した「ディム・スクリーン・モード」だ。中央にある回転式ディスプレイのシンプルなベニヤ・パネルと同様に、このモードはひとときの「デジタル・デトックス」を提供している。このモードのときに表示されるのは、燃料残量、エンジン温度、時刻、車速、外気温度などの最低限の情報だけだ。スピードメーターやレブカウンターの計器さえも漆黒の中にあり、それぞれの指針の周囲に柔らかな光が差しているだけ。これは慣れ親しんだ道を夜間ロングドライブするのに最適な表示方法であり、オーナーは、ウルフ バーナートが伝説的な夜間走行でフランスを駆け抜け、ブルートレインに勝利した際の精神や、ル・マンでの数々の勝利に思いを寄せることができるのだ。
フライングスパーの微妙な違いも再現
コンチネンタル GTもフライングスパーも、運転席周りの計器類は同じだが、それぞれのデザインには微妙な違いがある。グレイムのチームは、ベントレーのデザイナーであるブレット ボイデルやデビッド リアリーと協力しながら、フライングスパーのスピードメーターとレブカウンターにブロンズのチャプターリングという新たな要素を取り入れた。ブレットは次のように説明している。
「私たちは、物理的なディテールとデジタルのディテールに一貫性を持たせるため、ブロンズのチャプターリングを導入しました。このデザインは、フライングスパーの上品さや高級感を反映しながらも、同時にこうした高性能車にふさわしい精密な計器でもあるのです」コンチネンタル GTの計器類は、このモデルの特徴的なギヤレバーのデザインを反映して、ナーリングの背景に立体的な効果を施しているが、フライングスパーの計器では「機械加工」された文字盤の外側に数字を配置している。どちらのデザインもキャビン内の具体的なデザイン要素を補完しており、コンチネンタル GTのデザインは明らかにパフォーマンスを重視したものであるのに対し、フライングスパーの文字盤はフォーマルな雰囲気を醸し出しているのがお分かりだろう。
違った言語との格闘
デザインが承認されると、次はそれをすべてのメニュー、操作、画面に落とし込む作業が始まる。フライングスパーのセンター・ディスプレイの場合、約600種類のアイコンと1,500以上のメニュー画面をデザインしなければなならなかった。当然だが、英語ばかりではない。ロシア語、アラビア語、中国語等で異なるアルファベットやページの向きを組み込み、27の言語から成るテキストを翻訳して画面のレイアウト内に収める必要がある。右横書き、縦書きなど30種類の言語を網羅しているという。米国のシリウス・ラジオやアップル・カープレイのような商標で保護されたシステムに関連するグラフィックやアイコンは、当然ながら企業との契約も必要だ。オーディオシステムでも、ベントレー、バング&オルフセン、ネイムの3種類があるが、それぞれが独自のグラフィック・インターフェースを持っている。これは、忍耐強さや論理的で問題解決能力が求められる物流の迷宮と言える。ベントレーのヒューマン・マシン・インターフェース・チームは、グラフィック・デザイナー3名と「ファンクション・オーナー(部門責任者)」の9名で構成されており、それぞれがオーディオから気候まで、特定のインフォテイメント分野を担当している。
過去を尊重しながら進化
デジタルの世界は急速に進化しており、その重要性は今後も増していくだろう。
しかし、ベントレーは常にバランスを保っていく。スミスはフライングスパーのローテーション・ディスプレイを引き合いに出し、デジタルのディスプレイ、アナログの計器、純粋なベニヤ・パネルから成る3つの選択肢を提供している。
「ベントレーに乗って旅をするのは常にかけがいのない体験であり、私たちが生み出したデジタル・グラフィックもその体験の一部です。しかし、私たちはそれらが車両の一部分であるということを、決して見失いません。私は、デジタルの世界に真のベントレーらしさを感じさせるための一翼を担えることを誇りに思っています」