風洞実験室が生んだ退屈な石鹸箱が街を埋め尽くす現代において、メルセデスAMG G 63 MANUFAKTUR Editionは直立したレンガの姿で堂々と君臨する。V8ツインターボに宿る狂気のパワーと職人の偏執病的な仕立て、そして3468万円のプライスタグが放つ過剰なる官能の世界を、解き明かす。
記号化されたSUVの海に投じられた、知的なカウンターパンチ
現代の都市を見渡せば、SUVという名の記号が大量生産されたゼリービーンズのごとく溢れ返っている。クーペ風のルーフラインを持ったものから、やたらと威圧的なフロントグリルを掲げたものまで、その大半はアスファルトのジャングルを這い回るための単なる背の高いハッチバックに過ぎない。エンブレムを取り払ってしまえば、どれがどのブランドのクルマなのか、我々のようなクルマの亡者でさえ判別するのに数秒を要する始末だ。郊外のバイパス沿いに立ち並ぶ、どこを切っても同じ風景のショッピングモールのような無味乾燥なクロスオーバーたちが交通渋滞を形成しているこの時代に、オフロードの開拓者たるジープは一体どのようなカードを切るべきなのだろうか。
その答えを探るべく、我々は秋の気配が色濃く漂う富士山麓、御殿場・箱根の冷涼なワインディングへと向かった。試乗会場である「FUJIMI CAFE」の駐車場に静かに鎮座していたのは、新型「ジープ コンパス サミット スタイルパッケージ(Jeep Compass Summit Stylepack)」だ。精悍なブラックルーフと、足元を引き締めるダイヤモンドカットの19インチアロイホイールを身に纏い、一見すると文句なしの立派な「ジープ」である。
しかし、スペックシートに目を落とした瞬間、テキサスのスポーツバーでバドワイザーを片手にピックアップトラック談義に花を咲かせるような筋金入りのエンスージアストたちは、一斉に眉をひそめるに違いない。なぜなら、この威風堂々としたボンネットの下に収まっているのは、わずか1.2Lの直列3気筒ターボエンジンであり、あろうことか駆動力は前輪のみ(FWD)に伝達されるのだから。
「2WDのジープ? それはパティを挟み忘れたダブルチーズバーガーのようなものだ!」と、ラダーフレームと泥まみれのタイヤを信仰する“ジープ教原理主義者”たちの怒号が聞こえてきそうだ。彼らにとっては、V8エンジンと泥濘地を走破する4WDでなければジープと呼ぶに値しないのだから。しかし、ステアリングを握り、箱根の急峻な坂道を駆け上がり始めた瞬間、その安直な批判がどれほど的外れであるかを思い知ることになる。この新型コンパスは、軟弱な妥協の産物などでは断じてない。これは、誰も行かない泥濘地のために重い鉄の塊を背負い続けることへの痛烈なアイロニーであり、都市の日常と週末の冒険を軽やかに繋ぐ、極めて知的なカウンターパンチの宣言なのだ。
ジープ教原理主義への痛快な反論と、フロント60%の魔術
「4WDでないとジープじゃないという『ジープ教原理主義』みたいな見方があるが、FFで出すことに何の前置きも躊躇もなかった」
ステランティス ジャパン アメリカンブランド事業部の御館康成氏は、プレゼンテーションの場でそう言って不敵に微笑んだ。彼の言葉には、机上の空論ではない、冷徹な市場の現実とエンジニアリングへの絶対的な自信が裏打ちされている。事実、欧州カー・オブ・ザ・イヤーに輝いた兄貴分のアベンジャーは、欧州市場において当初4WD(4xe)から投入されたものの、実際に蓋を開けてみれば、販売のボリュームゾーンを強烈に牽引し大成功を収めたのはFF(2WD)モデルだったのだ。さらに言えば、先代レネゲードにおいても、泥まみれのオフロードを夢見るトレイルホーク(4WD)よりも、アスファルトを滑らかに走るFFモデルの方が圧倒的に選ばれていたという容赦ないデータがある。
ジープの欧州エンジニアたちは、自らの十八番である「高効率で走りの質が高いFFカー作り」のノウハウを、この新型コンパスに惜しげもなく注ぎ込んだ。その最大の恩恵は、プロペラシャフトやリアデフ機構といった重しを潔く捨て去ったことによる、劇的な軽量化と優れた重量配分である。フロント荷重率を約60%という絶妙なバランスに抑え込んだことで、前輪に過度な負担がかかるのを防いでいるのだ。
箱根のワインディングに差し掛かり、コーナーの入り口でステアリングを切り込む。すると、重たい4WDシステムにありがちなアンダーステアの気配や、ノーズが外へ逃げようとするもどかしさは微塵もなく、まるで俊敏なホットハッチのようにフロントがイン側へと吸い込まれていくではないか。クリッピングポイントからアクセルを深く踏み込めば、電動化を見据えて新設計された高剛性な「STLA Medium」プラットフォームが車体のねじれを完全に封じ込め、重心が自然に収まって見事な弧を描きながらコーナーを脱出する。
プロペラシャフトを捨てたことによるバネ下とノーズの圧倒的な軽快さは、ステアリング操作に対する応答性を劇的に高めており、右へ左へと切り返すたびに、G(重力)の移動が心地よいリズムとなってドライバーに伝わってくる。思わず口元が緩んでしまうほどのドライバビリティだ。もちろん、2WDとはいえ「Selec-Terrain™」による高度なトラクション制御が備わっており、48Vモーターの緻密なトルク制御と相まって、降雪路や悪路であれば破綻なく走破できる。重厚な鎧を脱ぎ捨てたアメリカの戦士は、身軽になったことでむしろ驚くべき運動性能を手に入れたのである。
「3気筒はV6だ」という暴論の真実と、トルクフィリングの魔法
「僕、いつも笑われるんですけど『3気筒はV6だ』と思っているんです」
御館氏が放ったこのセリフを聞いたとき、私は思わずダイナーのマグカップになみなみと注がれた熱いブラックコーヒーを吹き出しそうになった。「3気筒はV6だ」などとクルマ好きの集まりで叫べば、確実にタキシードを着た乱闘が始まるか、哀れみの視線に晒されるだろう。しかし、1.2L直列3気筒ターボ+48V e-Hybridというダウンサイジングの極致とも言えるこのパワートレインを、容赦ない斜度が続く箱根の登坂路で解き放ったとき、彼の言葉が単なるハッタリではないことに気がついた。
右足を深く沈み込ませると、3気筒エンジン特有の安っぽい振動や、ミキサー車のようなガサツなノイズは一切伝わってこない。精密に配置されたカウンターバランサーシャフトが不快な振動を見事に相殺し、まるで縦置きの多気筒エンジンのような、大らかで淀みのない滑らかな回転フィールを提供してくれるのだ。
そして何より驚かされるのが、その力強さである。排気量1,199cc、最高出力136PSと聞けば、急勾配の山道で苦しそうに息継ぎをする姿を想像するかもしれない。だが、そこにはモーターという名の強力な魔法が隠されている。6速eDCTの内部に組み込まれた16kW(21PS)の48V電動モーターは、ターボチャージャーが排気ガスを集めて深呼吸をしている間――つまりターボラグが発生しやすい極低回転域(750rpm〜)――に、瞬時に51Nmのトルクを立ち上げ、エンジンの出力の谷間を完璧に埋め尽くす「トルクフィリング」を行ってくれるのだ。それはまるで、クオーターバックがパスを投げるまでの間、屈強なオフェンシブラインが完璧に壁を作って時間を稼ぐようなものである。
アクセルを踏み込んだ瞬間のレスポンス遅れは皆無。軽量な3気筒ユニットの軽快な回転ピックアップと、ミラーサイクルによる効率的な燃焼が相まって、約1,650kgの車体をグングンと力強く引っ張り上げていく。SPORTモードに切り替えれば、パワートレインの応答性はさらに牙を剥き、ワインディングをキビキビと駆け上がる痛快なスポーツSUVへと変貌する。「3気筒はV6」という表現は物理法則を無視した暴論に聞こえるかもしれないが、このモーターアシストが生み出す低速域の分厚いトルクと信じられないほどの滑らかさを背中で体験すれば、その文学的な比喩にも素直に頷くことができるだろう。
アスファルトのジャングルにおける「ダイバーズウォッチ」
ジープは、新型コンパスのポジショニングを「アーバン・アドベンチャー(Urban Adventure)」と明確に定義している。これは一体どういうことか。御館氏はこのコンセプトを「日常でアドベンチャーウォッチ(ダイバーズウォッチなど)を身に着け、『あ、この人週末人生楽しんでるな』と思わせる感覚」と見事に表現した。
我々は、水深300mまで潜れる堅牢なダイバーズウォッチを腕に巻いて、空調の効いたオフィスでキーボードを叩いている。実際に深海へ潜るためではなく、その背後にあるストーリーやタフなマインドを纏うためにだ。新型コンパスもまさにそれと同じである。都市の日常をスタイリッシュにこなしつつ、週末のアドベンチャーを強烈に予感させるオーラを放つ。その証が、フロントマスクに鎮座する「7スロットグリル」だ。無数のSUVが跋扈する街中で、エンブレムを見ずとも一瞬で「ジープに乗っている人」だと識別できる世界唯一のアイコン。ミラノ・デザイン・ウィークでも評価されたこのデザイン言語は、群れの中で確固たるアイデンティティを主張する。
そして、このアーバン・アドベンチャーは、乗員への配慮という点でも完璧なパッケージングを実現している。ターゲット層として挙げられたのは「子どもが大きくなって、横の車にガーン(ドアパンチ)とやる心配がなくなったパパ・ママが『次のアドベンチャー』として選ぶ」というファミリー層だ。スライドドアのミニバンは、自動車界におけるスウェットパンツのようなものだ。確かに便利で快適だが、そこには「人生の冒険」に対するある種の諦観が漂っている。コンパスは、そんなミニバンを卒業した大人たちへ向けた、情熱を取り戻すための特効薬である。
STLA Mediumプラットフォームが生み出す高い曲げ・ねじり剛性は、どっしりとした高速安定性をもたらし、歴代ジープ最高のCd値0.29というスポーツカー顔負けの空力性能とアコースティックフロントガラスが、風切り音を物理的に遮断する。「奥様に『あんなうるさいの嫌』と言われない」レベルの高度なNVH対策が施されており、高速巡航時でもキャビンは驚くほど静粛に保たれる。泥まみれのアドベンチャーを夢見る父親と、快適な移動を求める家族。その相反する願いを、このクルマは見事に両立させているのだ。さらに、ドア下部がサイドシル下端まで覆いかぶさるオーバーラップドア機構のおかげで、泥跳ねの後でもお気に入りのデニムの裾を汚さずに乗り降りできる点も、日常の使い勝手を熟知した見事なエンジニアリングである。
クラスを破壊する室温と、ジープならではの愛嬌
この最上級グレード「Summit Stylepack」の重厚なドアを開けてキャビンに乗り込むと、そこにはジープの無骨なイメージを根底から覆す、洗練された都市型ラグジュアリーの空間が広がっている。ブラックとグレーのツートーンで仕立てられたプレミアム合成皮革シートに腰を下ろすと、フロントシートにはヒーターだけでなくベンチレーターまで完備されている。ダッシュボード中央には16インチという巨大なタッチスクリーンが鎮座し、フランスの名門FOCAL製の9スピーカーオーディオシステムが、重厚かつクリアなサウンドでキャビンを満たす。頭上にはデュアルパネルのパノラミックスライディングルーフが広がり、ブラックルーフのシックな外観と相まって、もはや1,000万円クラスのプレミアムSUVと錯覚しそうなほどの高い「室温(質感)」だ。
驚くべきは、これだけの最上級の設えをすべて標準装備しながら、価格を590万円(税込)という破壊的とも言える戦略的な設定に抑え込んでいることだ。予想を100万円は下回るこのプライスタグは、トヨタ RAV4などの国産ミドルサイズSUVからステップアップを目論むユーザーにとって、あまりにも魅力的なオファーである。
もちろん、「トップギア ジャパン」が愛してやまない、どこか人間臭い愛嬌も忘れてはいない。実は今回の試乗車、導入タイミングの問題で日本の受け込みサーバーの準備が間に合っておらず、ナビゲーションのコネクティビティ機能が一時的に封印されていたのだ。これには開発陣も「これじゃコンパスじゃなくてポンコツじゃんと思った(笑)」と自嘲気味に語るほどだったが、そこは百戦錬磨のジープ。機転を利かせて「FUJIMI CAFE」などのワクワクする目的地をポチッと押すと、スマートフォン経由でGoogle Mapが立ち上がるという面白いギミックを仕込んできた。完璧すぎないこのちょっとしたドタバタ劇すら、ジープというブランドが持つ大らかなキャラクターの一部として微笑ましく映るから不思議なものだ。
さらに、公式のプレスリリースには一切記載されていない「イースターエッグ(隠し要素)」も我々の心をくすぐる。フロントのマトリクスLEDヘッドライトの横をじっくりと覗き込むと、そこには「E」「W」「S」「N」――すなわちCompass(方位磁石)が示す東西南北の文字が密かに刻印されているのだ。こうした細部への遊び心こそが、クルマを単なる移動の道具から「愛すべき相棒」へと昇華させる極上のスパイスである。
日常と冒険を繋ぐ、最も賢明な選択
試乗を終え、御殿場のワインディングをタイヤの確かなグリップを感じながら軽やかに駆け下りていると、私はこのクルマの真価について深く考えさせられた。新型ジープ コンパス サミットは、月曜から金曜までは都市の渋滞をEVモードで静かに、かつスマートに這い進み、週末になればキャビンをFOCALの極上の音楽で満たしながら、箱根の山をスポーツカーのようにキビキビと登ってみせる。
アベンジャーのように「川のそばの、地元の軽トラしか通らないような獣道」まで分け入る必要はない。だが、綺麗に舗装されたキャンプ場の「ちょっと向こう側の河原に降りてみようよ」という誘惑には、十分に応えるだけの実力と最低地上高を備えている。それこそが、現代の都市生活者がリアルに直面するアドベンチャーの限界線であり、最適解なのだ。
誰も行かない過酷な泥濘地のために、日常の燃費とハンドリングを犠牲にしてまで重い4WDシステムを背負い続けること。それこそが、ある種の狂信的な原理主義ではないだろうか。都市の日常というリアルな生活空間と、週末の自由な空気をシームレスに繋ぐこの軽快な2WDのアーバン・アドベンチャーこそが、現代において最も賢明な選択であると断言できる。
590万円で手に入るこの極上の「ダイバーズウォッチ」は、退屈な日常を打破したい大人たちへ贈る、最強のパスポートだ。駐車場に停めた愛車を振り返るたび、その7スロットグリルはあなたにこう語りかけてくるだろう。「さあ、次はどこへ遊びに行こうか?」と。4駆じゃないジープなんてジープじゃない? そんな退屈なセリフは、窓を開けて秋風の中に投げ捨ててしまえばいい。このコンパスが指し示す方位は、紛れもなく、我々が本当に求めていた「自由」という名の新しい北なのだから。
写真:上野和秀




