内燃機関のノスタルジーに浸るのも悪くないが、モータースポーツの最前線は今、恐るべき速度で進化している。テレメトリーを封じられたドライバーが暗号を叫び、30秒の急速充電が勝敗を決する世界。フォーミュラE東京大会のガレージに潜入し、DSの2名のドライバーが語った「知的な駆け引き」をお届けする。
V8エンジンの暴力的な咆哮や、キャブレターがむせ返るようなガソリンの匂い。我々のようなクルマ好きにとって、それらは永遠のロマンであり、モータースポーツの原風景だ。しかし、過去ばかり振り返っていては、エンジニアリングの最前線で起きている「静かなる革命」を見逃してしまう。
ABB FIAフォーミュラE世界選手権。この完全電動のレースは、環境負荷を語るだけの退屈なエコ パレードなどではない。それは、限られたエネルギーを最後の一滴まで絞り出し、ミリ秒単位の駆け引きを繰り広げる、極めて論理的で冷酷なハイスピード チェスゲームだ。最新のGEN3 Evoマシンは、0-97km/h加速をわずか1.82秒で達成し、現行のF1マシンを約30%も上回る驚異的な加速性能を誇示する。我々は、熱狂の舞台となる東京の市街地コースへと足を運び、シトロエンのガレージへと潜入した。そこで目撃したのは、複雑な暗号コードが飛び交い、30秒間の急速充電が勝敗を分けるという、まるでスパイ映画とSFが融合したかのようなモータースポーツの新たな深淵だった。
極限のエネルギーマネジメントと「暗号コード」
写真撮影が一切禁じられた厳戒態勢のガレージ。少し離れた位置からマシンを見つめていると、フォーミュラEの特異なルールが浮き彫りになってくる。シャシーのエアロダイナミクス、バッテリー、そしてタイヤに至るまで、全チームが共通の仕様を採用しているのだ。では、どこで差がつくのか?それは電気エネルギーを運動エネルギーに変換する「パワートレインの効率」と、極限の「エネルギーマネジメント」、そしてドライバーとエンジニアの純粋な頭脳戦である。
フォーミュラEにおいて、マシンには最後まで走り切るのに十分なエネルギーが積載されていない。コーナリングで油圧ブレーキと回生ブレーキを巧みに使い分け、最低速度を高く保つことでエネルギー消費を抑えながら走る必要がある。ここで重要になるのが、マシンからガレージへの直接的なデータ通信(テレメトリー)が禁止されているという独自のルールだ。
ドライバーは毎ラップ、ステアリング上のスクリーンに表示される「シックス フォックストロット ビクター 56」といった暗号コードを無線で叫ぶ。ガレージのエンジニアはこれをビッグデータやAIを駆使して復号化し、初めてタイヤの温度や空気圧、そして最も重要なバッテリー残量を把握する。このアナログとデジタルが交錯するコミュニケーションこそが、勝負の要なのだ。
戦局を覆す「ピットブースト」と「アタックモード」
レースをさらに複雑にするのが、戦略的なルール変更の数々だ。土曜日のレースで導入される「ピットブースト(PIT BOOST)」は、ピットレーンにて600kWの急速充電を行い、34秒間の停止を伴うピットストップのうちわずか30秒間でマシンのエネルギーを10%(3.85kWh)回復させるというものだ。この30秒間にプラグを接続する手際で0.5秒でも遅れれば、それはレースにおける致命傷となる。
一方、日曜日のレースではピットストップが行われない代わりに「アタックモード(ATTACK MODE)」が鍵を握る。コース上の特定コーナーで大外のライン(アクティベーションゾーン)を通過することで発動し、通常より50kW高い出力を得ることができる。合計8分間を「4分+4分」「2分+6分」「6分+2分」のいずれかに配分するルールのもと、いつこの強力な武器を抜くかが問われる。
さらに来シーズンから導入予定の「Gen 4」マシンでは、パフォーマンスが現在のF3相当からF2とF1の中間レベルへと一気に引き上げられる。新たに2種類のダウンフォースキットが切り替え可能になり、大雨の際にもレースを継続できるブリヂストン製のフルレインタイヤも導入される予定だ。
東京の夜を彩る、知的なドライバーたちの声
今大会は、HVO(水素化植物油)燃料を使用して発電を行い、ライフサイクル全体でCO2排出量を最大90%削減しながら、コース全体をまばゆい照明で照らし出すシリーズ初の本格的なナイトレースとなる。この特別な舞台を前に、DS ペンスキーの2名のドライバーが、その戦略の裏側をたっぷりと語ってくれた。
【テイラー バーナード(Taylor Barnard)インタビュー】
Q1. 東京大会でのHVO燃料の使用など、環境への配慮が高まっていますが、フォーミュラEドライバーとしてその進化をどう捉えていますか?
テイラー: 環境に配慮した、非常にフレンドリーな進化をしてきたと感じています。フォーミュラEでの技術改善が、やがてフォーミュラE以外の世界における一般向けの市販車の販売技術などにも繋がっていく(フィードバックされる)と確信しています。
Q2. 若手ドライバーとして様々なカテゴリーで走ってきた中で、フォーミュラEの難しさや、ならではの魅力はどこにありますか?
テイラー: 他のレースとは少し違い、レースをする上での特有の課題もありますが、全体として素晴らしいものです。自分が以前いたレースシリーズよりもチーム全体がファミリーのようで、CEOとも本当に気軽に話せるような親密な関係性が大きな魅力ですね。この東京で走れることも非常に嬉しく思っています。
Q3. マクラーレンからDSに移籍して、マシンの違いや攻め方の違いはありますか?
テイラー: マシンのハードウェアの作り方や効率、そしてエネルギーをセーブする方法において、昨年のマクラーレンとは明確な違いがあります。現在のチームではマクシミリアン( ギュンター)から学ぶことが非常に多く、新しい環境に入った際にどうアプローチし、学ぶべきかという姿勢を最大限に教えてもらいました。チーム全体で改善を進めているところです。
Q4. アタックモード中で四輪駆動(AWD)になる際のドライビングスタイルについて教えてください。前後のバランスを変えられるのは面白いですか?
テイラー: 前輪駆動が加わるとアンダーステア傾向になり難しい部分もあるのですが、特にウェットコンディションであればフロントのトラクションを活かして加速できます。前後のバランスを変えられるというのは、ドライバーとしてとても面白い要素ですね。
Q5. 来シーズンのGen 4(第4世代)マシンは完全な四輪駆動になる予定ですが、それについての課題感などはありますか?
テイラー: まだ確実なことは言えませんが、四輪駆動に完全にシフトすることで、セットアップやドライビングにおいて新たな課題感が出てくるかもしれないと予想しています。
Q6. これまで最年少記録を次々と塗り替えてきましたが、次の最年少記録の目標は何ですか?
テイラー: もちろん、チャンピオンシップでレースに勝つことです。
Q7. 今回の東京大会は初めてのナイトレースになりますが、個人的に楽しみなことは?
テイラー: 夜に走ることはある意味で「ショー」のようなものになりそうで、自分自身としても大変楽しみです。映画の『ワイルド スピード(Fast & Furious)』が大好きなので、あのストリートレースのような雰囲気も心待ちにしていますよ。
Q8. 明日のレースは勝てそうですか?
テイラー: この東京のコースはクオリファイング(予選)が非常に難しくて、それが全てを握るほど重要です。ただ、自分はこれまでクオリファイングでは良い結果を出してきているので、勝てる可能性は十分にあると思っています。
【マクシミリアン ギュンター(Maximilian Günther)インタビュー】
Q1. 今年はどのようなレースにしたいですか?
マクシミリアン: 東京での最初のレース(前回大会)の素晴らしい結果を再び再現したいと強く願っています。ここには良い思い出がたくさんありますが、常にゼロからのスタートになるため、しっかりと宿題をこなして準備することが必要です。また、今回はナイトレースになるため、視覚的にも非常に壮観なものになると楽しみにしています。
Q2. 勝つための重要な要素は何だと思いますか?やはりエネルギーマネジメントでしょうか?
マクシミリアン: ここで最も重要な要因は「1周のペース(予選での速さ)」です。この東京のコースはオーバーテイク(追い越し)が簡単ではないため、前方のグリッドからスタートすることがレースを有利に進める上で最大の助けになります。良いポジションをキープし、アタックモードをうまく使うことが鍵となります。エネルギーマネジメントはもちろん重要ですが、オーバーテイクが難しいこのコースにおいては「最重要の要素」というわけではありません。確保した優位な位置を失わないよう、アタックモードを「現在の良い順位の防衛 維持」のために使う戦略が求められます。
Q3. コース内に好きなコーナー、あるいは嫌いなコーナーはありますか?
マクシミリアン: 私は「すべてのコーナーが好きだ」と答えますよ。ドライバーの自信が大きく試される素晴らしいコースであり、18個もコーナーがある以上、そのすべてを気に入ったほうが良い結果に繋がりますからね。
Q4. 雨のレース(ウェットコンディション)に対する戦略や見通しを教えてください。
マクシミリアン: 特にウェットコンディションにおいては、前方のグリッドからスタートすることが非常に大きなアドバンテージになります。そのため、やはりクオリファイング(予選)が全てと言っても過言ではありません。我々のマシンは全天候型タイヤを装着しているため、完全なドライからフルウェットコンディションまで、すべての状況で機能します。
Q5. ご自身は雨に強い(雨のレースが得意な)ドライバーだと思いますか?
マクシミリアン: もちろんです。どんな状況でも速く走ること、それも我々の仕事の一部ですから。
Q6. 日本のファンへのメッセージをお願いします。
マクシミリアン: 再び東京に来られて最高です。日本のファンやサポーターからの情熱とサポートにはいつも深く感謝しています。東京でレースができることは私にとって大きな喜びであり、日本の文化、人々、そして食事を心から愛しています。2回行われるナイトレースを非常に楽しみにしています。応援よろしくお願いします。
ガレージを後にし、夜の東京湾に浮かぶ照明の反射を眺めながら、私はふと考えた。フォーミュラEは、単なるスピードの競争ではない。それは限られたエネルギーリソースを極限まで最適化し、チーム一丸となって勝利を手にする、現代の知的な大人のための極上のエンターテインメントだ。
ガレージの片隅に置かれた精巧なトゥールビヨンの機械式時計や、寸分の狂いもなく組み上げられたハイエンドなオーディオアンプ。私たちが愛してやまない「クラフトマンシップ」や「高度なエンジニアリング」の精神は、この無音の電動マシンの基盤にも間違いなく息づいている。むしろ、制約が多いからこそ、人間の知恵と技術の結晶がよりピュアな形で浮き彫りになるのだ。
週末の夜。ガレージに停めた愛車のステアリングをそっと撫でながら、あるいは良質なシングルモルトを傾けながら、暗闇の東京を駆け抜けるドライバーたちの「暗号コード」に思いを馳せてみてはいかがだろうか。内燃機関の鼓動がなくとも、そこには確実に、我々の知的好奇心を刺激してやまないモータースポーツの「新しい魂」が宿っているのだから。
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