モータースポーツの最高峰であるF1チームでの輝かしいキャリアをあっさりと捨て、自ら次世代のモビリティを開発する道を選んだ24歳の若き女性エンジニアがいる。自作の電動アシスト付き四輪自転車「エレシー」で世界中を巡り、環境問題を根本から解決するという彼女の壮大な野望と、イギリスの車好きたちから寄せられた賛否両論のリアルな反応をお届けする。
タマラ イヴァンコヴァ(Tamara Ivancova)は24歳だ。彼女はすでにF1のアルファタウリ(AlphaTauri)やマクラーレン(McLaren)、アストンマーティン(Aston Martin)のロードカー部門、モータースポーツ界の神であるプロドライブ(Prodrive)で働いた経験を持ち、現在は自身の自動車会社を立ち上げ、手作りのプロトタイプで世界を巡り、(そして世界を救う)計画を夢見ている。だから、高級紙(※1)の諸君は、Z世代が仕事嫌いの内向的な若者たちだと世界中に言いふらし続けるがいいさ。
「私の父はレーシングドライバーでした」と、彼女はサウサンプトンのワークショップで説明する。「3歳の頃から車とカートに囲まれて育ちました。それから父と一緒にモノを作り始めました。プロジェクトカーがあって、トヨタ MR2のシャシーを使って、私がデザインした新しいボディを作ったんです。それは私が12歳の時でした」
タマラはレーシングドライバーへの道は追求しなかった。彼女の父親と同様、恐ろしいほどお金がかかるようになった時点でその夢は終わったのだ(とはいえ、Lプレート(※2)を取れる年齢になる前にすでに複数の成功したキャリアを積んでいるのだから、彼女ならもう一度挑戦する時間は十分にあるはずだ、と私は彼女に言ってみたが)。彼女のスーパーヒーロー誕生の物語の次の章とは? イギリスのYear 10(14〜15歳)での職場体験だ。
「同級生たちはスーパーマーケットに連絡を取っていました」と彼女は顔をしかめる。「私は、『よし、F1チームに連絡しよう』って思ったんです」。自動車工学の知識を武器に、彼女はイギリスを拠点とするすべてのチームに履歴書とカバーレターを送り、いくつかのチームから返事をもらった。トロロッソ(現在のレーシング ブルズ/RB)が最初にタマラに職場体験のポジションを提供したのだ。「主に風洞施設での仕事でしたが、2日目にはシルバーストーン・サーキットに連れて行ってくれました」
15歳の当時、タマラはこう語っている。「モータースポーツの世界で正確にどんな道を歩みたいかは分からなかったけれど、上り詰めるという野心はありました。ある意味、エイドリアン ニューウェイ(※3)になることを目指していたんです」
彼女の物語は、実はゴードン マレー(※4)のそれと類似している。若い頃に海外から移住し、競争力を高めるためにスポーツカーを再設計し、早くからレースに参入し、そしてF1カーデザインの基礎段階に入り込んだという点でだ。「その経験は素晴らしいものでした。大学に入学した時には、これらの企業がどのように機能しているかをすでに知っていたんです。技術的なことへの洞察だけでなく、物事が実際にどう運営されているか、どこで違いを生み出せるか、どうやって先へ進むかを理解していました…」

そこで、私は思い切って聞いてみた…。なぜ彼女は今、自身のワークショップで、これまでに考案された中で最もカーボン排出量の少ない公道走行可能な車両のプロトタイプモデルに囲まれているのだろうか? なぜ彼女はブラックリー(メルセデスF1の拠点)や、ミルトン キーンズ(レッドブルF1の拠点)、あるいはマラネロ(フェラーリの拠点)で製図板やCADのシミュレーションデータに釘付けになっていないのだろうか?
「私はアルファタウリ(同じく現在のレーシング ブルズ)で、特にフロントウイングの開発エンジニアとして働いていました。その部署に配属されてすぐに、自分が進んでいる道に気づいたんです。ごく簡単に言えば、私が与えられる最終的なインパクトとは、サーキットでの車のラップタイムを1000分の1秒速くすることだけでした。しかも、もし雨が降ったり、タイヤの破片がフロントウイングに引っかかったりすれば、その努力はすべて無駄になってしまうんです!」
「それは、私が自分の時間を費やしたいと思うこととは違っていました。その時点で私はすでにいくつかのプロジェクトを抱えており、『私は自分が望むものは何でも作って開発できる。じゃあ、私は時間を何を進めるために使いたいのか? 何が私に目的を与えてくれるのか?』と気づいたのです」
タマラはその夢のポジションから歩み去り(それ以降、レーシング ブルズはいくつかのチャンピオンシップポイントを失ったかもしれない)、彼女の知性とエネルギーを本当の天職である「交通機関におけるネットゼロの達成」に集中させた。大したことではない。地球上のすべての道路車両の脱炭素化というだけのことだ。世界中の科学者、エンジニア、政治家たちを悩ませるこの厄介な問題に対する彼女の貢献は、表面上は実は信じられないほどシンプルである。自転車だ。
ペダルを漕ぐ自転車は、人類がこれまでに考案した中で最も効率的な移動手段の1つである。そして、もし空気抵抗(エアロダイナミクス)を減らし、重心を低くしたいのなら、リカンベント自転車(仰向けに近い姿勢で乗る自転車)が最適だ。タマラが考案したのは「アマラ オートモーティブ(Amara Automotive)」であり、その最初の「車」が「エレシー(Elecy)」である。非常に簡単に言うと、これは超低空気抵抗のボディに包まれた、電動アシスト付き(e-boost)のリカンベント自転車である。タマラはこのボディをサウサンプトン大学の風洞で改良した。ちなみに同大学の卒業生にはエイドリアン ニューウェイがいる。
タマラは彼女のイノベーションについて、素人向けに説明してくれた。多くのティアドロップ型(涙滴型)をした低空気抵抗のソーラー&ペダル駆動の奇妙な乗り物とは異なり、彼女は安定性を高めるために3輪ではなく4輪にこだわった。完全に密閉されており、自転車専用レーンを使えるほど十分に狭く、フォルクスワーゲン ポロよりも広いトランクスペース(荷室)があり、約60〜80kmの電気航続距離がある。モーターによる最高速度は40km/hだが、自転車なので「ペダルを漕げばもっと速く走れる」のだ。
これは決して単なるタマラの卒業論文ではない。今や彼女のライフワークとなっている。彼女は貯金をエレシーに注ぎ込み、投資を呼びかけている。2026年、彼女はこれで世界的な実態調査の冒険に乗り出す予定だ。「21カ国、4大陸をまたぐ3万kmの旅です。サウサンプトンからヘルシンキまで行き、第2ステージとしてカザフスタンから東京へ向かいます」
「オーストラリアの南海岸沿いをシドニーまで約半分走り、ニュージーランドの全長を縦断し、北米ではアラスカから…まあ、それはスポンサー次第ですね!」

そして、彼女が以前言及したように、F1での経験は彼女に空気力学と同じくらいビジネスについても教えてくれたため、タマラは、自動車界のこの小さな片隅でさえも財政的な破滅と隣り合わせであることをすぐに認めている。彼女のライバルの1つである、スカンジナビアのポッドバイク(Podbike)社は最近、独自の低い流線型のe-bikeの発売に失敗して破綻した。
「彼らは生産を遅らせ、結局まったく違う価格帯でスタートすることになりました」と彼女は分析する。「彼らは需要に応えるために、一連のプロトタイプから年間数千台の車両生産へと移行しようとしていました。しかし、それは非常に難しいことです。ハードウェアというのは困難なものです。このような車両をあのような価格帯(ポッドバイクは239万2,000円(1万3000ユーロ)という強気な価格だった)で生産するには、数千万単位の投資が必要です」
タマラはまだ20代半ばに差しかかったばかりかもしれないが、彼女のモチベーションはレガシー(後世に残すもの)だと言う。「私は長期的な視点で取り組んでいます。これは、そのインパクトを生み出すための最初の方法に過ぎません。ネットゼロを実現するための第一歩なのです」。だからこそ、ボディワークには低炭素複合素材が使われており、重量とCO2を削減し、エレシー以外の用途にも応用できる。
「目標は、OEM(他の自動車メーカー)に知的財産(IP)と技術を販売して拡大することですが、さらに多くの車両もラインナップしています。私の会社の使命は、交通セクターをディスラプト(破壊的革新)し、車両の設計方法の新たな基準を打ち立てることです」。これぞまさに若さゆえの猛烈な原動力だ。F1界の損失は、あなたの通勤にとっての利益になるかもしれない…。
【補足・注釈】
※1 高級紙(broadsheets):イギリスの新聞は高級紙と大衆紙(タブロイド)に分かれており、ここでは「Z世代を批判しがちな堅苦しいメディア」への皮肉として使われている。
※2 Lプレート(L-plates):イギリスの仮免許用の初心者マークのこと。
※3 エイドリアン ニューウェイ:レッドブルなどを常勝チームに導いた、F1界の伝説的な天才デザイナー。
※4 ゴードン マレー:ブラバムやマクラーレンで活躍した天才F1設計者。名車マクラーレンF1の生みの親としても知られる。
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=海外の反応=
「才能ある人々がサポートされ、リスクを取る権限を与えられたときには良いことが起こるものだし、私としてはそういうのを見るのは大好きだな」
「スタートアップを作るためだけに夢の仕事を辞められるなんて、経済的に余裕があっていいご身分だね。それに、彼女が自分の実力だけでその職場体験のポジションを得られたわけがない。絶対に父親がコネを使って助けたんだよ」
↑「同感だ…フェラーリやF1とパートナーを組むなんて、私から見れば初期段階のレベルじゃないな」
「人類の交通の未来として約束された、リカンベント型バッテリー電動自転車。さて、これってどこかで見たことなかったっけ? 昔の仕事に戻してくれと懇願する前に、シンクレア C5(※5)のWikipediaページを数分間読むことをお勧めするよ…」
↑「シンクレアが失敗したから、Twike(※6)が…なんとかよろめきながら進むことができたんだ。まあクールな乗り物だとは思うけど、商業的に成功する気はしないな。
だからといって、その道が間違っているわけじゃない。どこかで学ばなきゃならないし、こういう車両はホモロゲーション(型式認証)のルールが緩くて、ドライブトレインも単純だ。大学生にとって、実際の仕事以外で自動車のエンジニアやデザイナーとして自分を成長させる方法は、おそらく2つしかないと思う。1つは、1リットルのガソリンでボイジャー探査機の全航行距離を凌駕するような距離を走る車両を作る、あの狂気じみた素晴らしい燃費競技会に大学が参加すること。もう1つは、学生フォーミュラのチームに加わって、最速の小さなEVミサイルを作ることだ。
俺は後者をやったけど、前者もやってみたかったな」
「『彼女は世界を救おうとしているわけじゃない』、『次のイーロン マスクになって金持ちになろうとしているだけだ』…。電気自動車を作ることがどうやって世界を救うことになるんだ? そんなものはもうすでにあるじゃないか…。海をきれいにし、動物の殺戮をやめ、人々の就職を支援し、政府を立て直す。こういったことこそが、世界を救うことに近づく道だよ」
「TG(Top Gear)のジャーナリストに自分の記事を書いてもらうには、いくつか特定の条件を揃える必要があるんだな」
「新しいデザインの、2万psiの空気圧を保持するCFC(炭素繊維複合材)エアタンクを使用した、ロータリー ヴァンケル エアモーター車両こそが進むべき道だ。ペダル自転車なんかじゃないよ。ペダルの仕組みが、必要に応じてエアタンクの圧力を補充するためにだけ使われるなら別だけど」
「彼女の原動力とおそらくの善意は評価するけど、私たちが自発的に脱工業化を進める中で、最終的に所有を許されるのはこういうものだけになるんじゃないかと思わずにはいられない…」
「これを見られて素晴らしいよ。彼女の幸運を祈る。もしみんながDrunken Hobo(※シンクレアC5を引き合いに出したコメント主)みたいに考えてたら、俺たちはいまだに洞窟の壁に動物の絵を彫ってるだろうな!」
↑「それどころか、過去の過ちを繰り返さないことを学ぶ方が良いと思うけどね」
※5 シンクレア C5:1985年にイギリスで発売されたが、安全性などの問題から商業的に大失敗した電動三輪車の代名詞。
※6 Twike(トワイク):ドイツ発祥のペダルとモーターを組み合わせた電動三輪車(または四輪車)。知る人ぞ知る存在。





