320km/hの世界線 富士スピードウェイでパガーニ ウアイラ R Evo ロードスターが奏でた、900馬力の狂詩曲

富士のストレートで320km/h。背後で絶叫するV12と、眼前に迫る霊峰。パガーニ ウアイラ R Evo ロードスターが問うのはタイムではない。魂の震えだ。

パガーニ「Arte in Pista」で見えた、ハイパーカーの向こう側

なぜ、我々は速さを求めるのだろうか。

単なる物理的な移動時間の短縮のためなら、新幹線に乗ればいいし、効率だけを求めるなら電気モーターの方が合理的だ。だが、内燃機関が爆発し、ギアが噛み合い、タイヤがアスファルトを食らいながら、物理法則の限界点でダンスを踊るとき、そこには言葉にできない「何か」が生まれる。それはエンジニアリングという名のキャンバスに描かれた、一瞬のアートだ。

先日、日本の聖地 富士スピードウェイに、そのアートの極致とも言える集団が舞い降りた。パガーニ アウトモビリが主催するサーキットプログラム、「Arte in Pista(アルテ イン ピスタ)」である。

そこでアジアプレミアを果たしたのが、最新作「ウアイラ R Evo ロードスター(Huayra R Evo Roadster)」だ。この車には、屋根がない。ナンバープレートもない。あるのは、純粋なドライビングプレジャーへの執念と、レオナルド ダ ヴィンチの魂だけだ。この特別なイベントに潜入し、助手席という特等席でその哲学を体感する機会を得た。これは単なる試乗記ではない。パガーニという、自動車界でもっとも特異で、もっともロマンティックなブランドへの招待状である。

第一章:嵐の中の瞑想、あるいは320km/hの絶叫
富士スピードウェイのピットレーンに、低く、獰猛な唸り声が響いている。

ヘルメットを被り、HANSデバイスで身体を固定され、6点式ハーネスでカーボンモノコックのシートに縛り付けられる。目の前には、近未来的な戦闘機のようなコクピット。そして、頭上には何もない。空があるだけだ。

これから始まるのは、パガーニ ウアイラ R Evo ロードスターによる、たった3周の、しかし永遠のように長く感じるであろうデモンストレーションランだ。

コースインした瞬間、背後に搭載された6.0リッター自然吸気V12エンジン「V12-R Evo」が、その本性を露わにする。ターボチャージャーによる消音効果など皆無の、純度100%の爆音。9,200rpmまで突き抜けるその咆哮は、鼓膜ではなく、背骨を直接震わせてくる。

富士の名物、1.5kmのホームストレート。ドライバーがアクセルペダルを床まで踏み抜く。900馬力が炸裂する。背中がシートに叩きつけられる強烈な加速Gとともに、景色が後方へとすっ飛んでいく。デジタルメーターの数字が信じられない勢いで跳ね上がり、風の轟音がヘルメットを激しく叩く。

320km/h。

オープントップで体験する320km/hの世界は、クーペのそれとは次元が違う。風が、音圧が、匂いが、すべてがフィルターを通さずに直接感覚器に飛び込んでくる。それは恐怖というより、あまりの情報の洪水に脳が処理落ちする寸前の、奇妙な多幸感に近い。しかし、真のハイライトはストレートエンドではなかった。

1コーナーへのハードブレーキングで眼球が飛び出しそうになった後、コカ コーラコーナーを抜け、トヨペットコーナーを立ち上がった先だ。ダンロップコーナーから第13コーナーへ向かう、あの上り坂のセクション。スロットルが開けられる。強烈なダウンフォースによって、車体は路面に縫い付けられているかのように安定している。隣のドライバーは涼しい顔で(たぶん)ステアリングを切り込む。その瞬間、視界の正面に、秋晴れの青空を背負った巨大な富士山が現れた。急勾配を駆け上がりながら、真っ青な空と、白い雪を頂いた霊峰、そしてコクピット越しに見える流麗なカーボンファイバーのフェンダー。

V12エンジンが奏でる高回転の金管楽器のようなサウンドが、富士の裾野にこだまする。まるで、神話の世界へ続く階段を登っているかのようだ。重力に逆らい、空へ向かって加速していく感覚。
「ああ、これはただの機械じゃない」
強烈な横Gに耐えながら、私は直感した。これは、物理学で作られた楽器であり、同時に走る彫刻なのだと。

わずか3周の夢のような時間は、あっという間に終わった。パガーニのプロドライバーの腕のおかげで、恐怖感は微塵もなかったのである。ピットに戻り、ハーネスを外した後も、感動と興奮はしばらく止まらなかった。

第二章:美しき野獣の正体
同乗試乗の前日、私はこの「美しき野獣」の詳細を知るべく、パガーニのエンジニアたちのプレゼンテーションに耳を傾けた。
Huayra R Evo Roadster。
その名の通り、トラック専用モデル「Huayra R」の進化版であり、オープントップモデルである。

「インスピレーションの源は、二つあります」と、開発チームは語る。
一つは、1960年代から70年代にかけてル マンを駆け抜けた伝説のレースカーたち。ポルシェ917ロングテールのような、流れるような美しさを持ったプロトタイプカーだ。
そしてもう一つは、インディカーである。創業者オラチオ パガーニ氏がアメリカでインディカーを観戦した際、エアロスクリーン越しにドライバーが見える構造に感銘を受け、「オープン トップで風とサウンドを感じるロマン」を具現化しようと考えたのだという。

プレゼンテーションで明かされたスペックは、まさに「究極」と呼ぶにふさわしいものだった。
• エンジン: Pagani V12-R Evo。6.0リッター自然吸気V12。
• 最高出力: 900 HP (662 kW) @ 8,750 rpm。
• 最大トルク: 770 Nm @ 5,800-8,200 rpm。
• 車両重量: 1,060 kg(乾燥重量)。これはクーペ版とまったく同じ数値だ。
• ダウンフォース: 320 km/h時に1,060kg以上のダウンフォースを発生(Huayra R比で45%増)。
• 標準価格は385万ユーロ(7億円)
• 生産台数:Huayra R Evo Roadsterは35台が生産され、Arte in Pistaのプログラムに追加される。
• 納車:最初は12月に納車が開始される予定だ。

特筆すべきは、「屋根を開けた方が性能が良い」という、常識外れの事実だ。通常、オープンカーは空力性能が落ちるものである。しかし、この車の場合、ルーフを取り外すことでコクピット周辺に圧力エリアが形成され、前後バランスが最適化されることで、垂直方向の荷重がさらに5%増加するという。

リアには「Codalunga(コダルンガ=ロングテール)」と呼ばれる延長されたボディワークが採用され、約190mm延長されたテールが優雅さと空力効率を両立させている。サスペンションシステムも驚異的だ。新たに採用された「ヒーブダンパー(第3のダンパー)」は、強力なダウンフォースによって車体が路面に押し付けられすぎるのを防ぎ、常に最適な車高を維持する。これにより、富士のストレートエンドのような超高速域でも、車は底づきすることなく、矢のように直進する。

そしてタイヤ。ピレリと共同開発された専用のスリックタイヤは、AIを活用して設計された初めての事例だという。ウェットコンディション用のコンパウンドも改良され、ドライとウェットの性能差が縮小されている。これは、たとえ雨の富士でも、オーナーが恐怖を感じずに楽しめることを意味する。

これだけの性能を持ちながら、開発チームが何度も口にした言葉がある。それは「フレンドリー」だという。
「我々の顧客はプロドライバーだけではない。だから、車高をレースカーより高い80mmに設定し、挙動をピーキーにせず、誰もが自信を持って踏める車を目指した」
900馬力のオープンカーがフレンドリー? 冗談のようだが、先ほどの同乗走行での、あの路面に吸い付くような安定感を思い出すと、納得せざるを得ない。

第三章:パガーニが描く「競争のない世界」
今回のイベント「Arte in Pista」の全貌を知るにつれ、パガーニというブランドの特異性が浮き彫りになってきた。

「Arte in Pista」は、直訳すれば「サーキット上の芸術」。2021年にHuayra Rと共に立ち上げられたこのプログラムは、単なる走行会ではない。パガーニのトラック専用モデル(Zonda R, Zonda Revolución, Huayra R, Huayra R Evo Roadster)のオーナーだけが参加できる、極めてエクスクルーシブなクラブ活動だ。
主催者が強調していたのは、驚くべき哲学だった。
「これは、コンペティション(競争)ではありません」
順位もなければ、トロフィーもない。オーバーテイクのリスクに晒されることもない。
パガーニのモットーはこうだ。
「全力を尽くせ。そして、自分の全力を超えろ(Do your best, then do better than your best)」
参加者が戦う相手は、隣の車ではなく、昨日の自分自身だ。
そのために、パガーニは「F1チーム級」のサポート体制を用意している。
ヘッドコーチのAndrea Monti氏率いるプロドライバーのコーチ陣。データエンジニア、メカニック、フィジオセラピスト(理学療法士)、そして栄養士までもが帯同する。走行後には、テレメトリーデータを使った詳細な分析が行われ、ドライバーは自分の走りを客観的に見つめ直すことができる。「今日は1コーナーで突っ込みすぎたな」とか、「昨日の自分より1秒速くなった」といった具合に。

会場の雰囲気は、殺伐としたレースの現場とは程遠い。
ラウンジでは、オーナーたちがドリンクを片手に談笑し、家族連れがリラックスして過ごしている。60人以上のスタッフが、わずか11台前後の参加車両のために動き回り、至れり尽くせりのホスピタリティを提供している。それはまさに、巨大な「パガーニ ファミリー」の集まりだった。

結論:レースの歴史を持たないからこそ、見られる夢
イベントの中では、このブランドの創始者であり、心臓部であるオラチオ パガーニ氏が登壇した。

彼は穏やかなイタリア語で、我々にこう語りかけた。彼の哲学の根底にあるのは、いつだってルネサンスの巨匠、レオナルド ダ ヴィンチの言葉だ。
「芸術と科学は、手を取り合って歩むことができる」

そして、印象的だったのは、彼らが自らの立ち位置をどう定義しているかだ。
「我々には、フェラーリやマクラーレンのような、偉大なレースの歴史はありません」
これは謙遜ではない。宣言だ。レースの歴史がないということは、裏を返せば、過去のしがらみや、厳格なレースレギュレーションに縛られる必要がないということだ。「勝たなければならない」という重圧からも、「排気量制限」や「空力規定」といった退屈なルールブックからも自由なのだ。

だからこそ、パガーニは純粋に「美しさ」と「官能的な性能」だけを追求できる。
効率だけを考えれば不要かもしれない装飾的なパーツ、鼓膜を震わすためだけに調律されたエキゾーストノート、そして屋根を取り払うという狂気。それらすべてが、誰に気兼ねすることなく許される。

パガーニが目指すもの。それはラップタイムのコンマ1秒を削り取ることではない(もちろん結果的に速いのだが)。彼らが作っているのは、オーナーの感情を揺さぶり、人生を豊かにするための「装置」だ。

自分自身と向き合い、恐怖を克服し、美しい景色の下で愛車と一体になる。その経験を提供することこそが、パガーニの真の製品なのだ。

ピットに並べられた数台のパガーニが、陽を浴びて宝石のように輝いていたのが忘れられない。それらは単なる高価なおもちゃではない。一人の天才が夢見た「芸術と科学の融合」が、最高純度の情熱で結晶化したものだ。

もしあなたが、幸運にもこのクラブへの扉を開く鍵(数億円の小切手と、純粋な情熱)を持っているのなら、迷う必要はない。そこには、他のどのスーパーカーブランドも提供できない、暖かく、激しく、そして限りなく自由な世界が待っているのだから。
320km/hの世界線 富士スピードウェイでパガーニ ウアイラ R Evo ロードスターが奏でた、900馬力の狂詩曲

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