H. モーザーが世界限定20本で放つ「エンデバー ミニッツリピーター シリンドリカルトゥールビヨン スケルトン コズミックレイン」は、超絶技巧の塊である。ダイアル側で動くミニッツリピーターなど、ハイパーカーも逃げ出す変態的メカニズムの全貌に迫る。
クルマの記事にしか興味がない、という人が一定数いるのはわかっている。だが、だからといってこの時計の存在をスルーすることは、内燃機関への愛を捨てるのと同じくらい罪深いことだ。今回ばかりは、スクロールする指を止めて画面を凝視してほしい。なぜなら、ランボルギーニ レヴエルトが余裕で買える、いや、オプションをフル装備してもまだお釣りがくる価格の「手首に巻くハイパーカー」がスイスから送り込まれてきたからだ。
その名も「エンデバー ミニッツリピーター シリンドリカルトゥールビヨン スケルトン コズミックレイン」である。(まるでポルシェ パナメーラ ターボ S E ハイブリッド スポーツツーリスモ並みに息継ぎが必要な長大なネーミングだが、価格を聞けばこの長さにも納得するかもしれない)。予定価格は、なんと75,075,000円(税込)である。そして世界でわずか20本しか生産されない。この7500万円超えの狂気の沙汰について、少しばかり語らせてほしい。
まず、この変態的な(もちろん最高の褒め言葉だ)タイムピースを作り上げたのは、スイスのノイハウゼン アム ラインファルに拠点を置くH. モーザーである。1828年にハインリッヒ モーザーによって創設されたこのブランドは、現在約120名の従業員を抱え、年間約4000本という極めて限られた数の時計しか製造していない。巨大な自動車メーカーが1日に生産する台数よりも少ない数を、1年かけてじっくりと組み上げているのだ。さらに彼らは、時計の心臓部である調速機構やヒゲゼンマイといった基幹部品を、姉妹会社であるプレシジョン エンジニアリング社を通じて自社製造している。例えるなら、巨大サプライヤーに頼らず、エンジンブロックからピストンリングに至るまですべてを自社工房で削り出す、パガーニやケーニグセグのような孤高のコンストラクターなのである。
この時計の最大の見どころであり、エンスージアストの心を鷲掴みにするのは、ダイアル(文字盤)側に配置された「ミニッツリピーター」だ。(ミニッツリピーターとは、暗闇でも時間をハンマーとゴングの音で知らせてくれる超複雑機構のこと。現代ならスマホのバックライトを点ければ一瞬で済む話だが、そんな野暮なことを言う人間は、V12エンジンに対して「燃費が悪い」と文句を言うエコカー乗りと同じくらい退屈だ)。通常、この機構はムーブメントの裏側に隠されているのが常識なのだが、H. モーザーの狂ったエンジニアたちは、キャリバーの構造を根本から見直し、この機構を可能な限り外から見えるようにダイアル側に引っ張り出したのだ。フロントミッドシップにエンジンを搭載し、透明なボンネットからその動きを丸見えにしたようなものである。40.0mmのチタン製ケースの中で、ハンマーがゴングを叩く様を、特等席で眺めることができるのだ。(軽量なチタンをケースに採用し、これだけ複雑な機構を詰め込みながら手首の負担を減らすアプローチは、カーボンファイバーを多用してパワーウェイトレシオを追求するスーパーカーの文法と完全に一致している)。
そして6時位置には、圧倒的な存在感を放つ「ミニッツ フライング トゥールビヨン」が鎮座している。(トゥールビヨンとは、重力の影響を打ち消して時計の精度を保つための回転機構。クルマで言えば、路面状況を瞬時に読み取り、常に完璧なトラクションを保つアクティブサスペンションのようなものだ)。ここには、18世紀の航海用クロノメーターを起源とする「円筒形ヒゲゼンマイ」が組み込まれている。通常の平らなゼンマイとは異なり、テンプ軸の上部に沿って垂直に立ち上がる同心円状の形状をしており、等時性(ゼンマイの巻き上げ残量に関わらず一定のペースで動く特性、つまり燃料タンクが空に近づいてもエンジンのトルクが落ちないようなものだ)を高める役割を果たす。このパーツも、プレシジョン エンジニアリング社において、従来のヒゲゼンマイとは比較にならないほどの時間をかけ、一つひとつ手作業で成形されているというのだから恐れ入る。
しかし、単なるメカニカルな見本市で終わらないのが、H. モーザーの憎いところだ。機械の冷たい美しさに、彼らは芸術的な彩りを加えた。2時位置に配置された小さなドーム型のサブダイアルには、アベンチュリン ガラスが使用されている。(アベンチュリンとは、ガラスの中に小さな銅の結晶を封じ込め、独特のきらめきを放たせる伝統的な素材のこと。間違ってもSUVのメタリック塗装のことではない)。2色のアベンチュリン ガラスの小片を手作業で施し、ブランド特有のフュメ(煙がかったようなグラデーション)仕上げを行っている。さらに、そのダイアルの輪郭に沿って、薄く切り出したマザー オブ パール(真珠母貝。内側の虹色に輝く部分で、要するに超高級な貝殻だ)を象嵌で組み込んでいるのだ。音と動きの精緻なメカニズムの横で、星空のような深い輝きを放つこの空間は、まさに「コズミックレイン(宇宙の雨)」の名にふさわしい。
これらすべてを駆動するのは、自社製の手巻きキャリバー HMC 909である。厚さ9.6mm、直径33.0mmという極小のスペースの中に、415個もの部品が詰め込まれている。振動数は毎時21,600振動。そして驚くべきことに、90時間ものパワーリザーブを誇る。(90時間も走り続けられる巨大な燃料タンクを持っているようなもので、長距離のグランドツーリングにも最適だ)。サファイアガラスのシースルー ケースバックからは、手作業による仕上げと装飾が施されたムーブメントや、メインプレートのモーザー ダブルストライプを堪能できる。ストラップには、手縫いのグレーのヌバック仕上げアリゲーター レザーが組み合わされ、完璧な美学を完成させている。
自動車ネタばかりを追いかけている我々トップギア ジャパンの読者であっても、この「エンデバー ミニッツリピーター シリンドリカルトゥールビヨン スケルトン コズミックレイン」に宿る変態的なまでのエンジニアリングと、それを芸術の域にまで高めたクラフトマンシップには、思わずアクセルをベタ踏みした時のような興奮を覚えるはずだ。世界にたった20人のみが手にすることができる、腕に巻く7500万円の動く芸術作品。これこそが、真のラグジュアリーであり、極限のメカニズムへの賛歌である。
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