【試乗】DS N°8:FOCALを響かせ、心拍数を下げる。フランスの威信を背負ったフラッグシップEVの真髄

ドアを閉めた瞬間に訪れる完璧な静寂。フランス大統領専用車としての顔も持つ、最上位EV「DS N°8 アブソリュートコンフォートパッケージ」は、1,000万円超という価格すらバーゲンに感じさせる至高の移動空間だ。


フランス共和国大統領が愛する「静寂の繭」
先に試乗したCセグメントの「N°4」は、確かにファッショナブルで素晴らしい車だった。だが、同じDSブランドだからといって、今回の「DS N°8」と直接比較しようとするのは野暮というものだ。ターゲット層も異なれば、背負っている国家の威信すら違う。なにしろこのN°8は、プレゼンテーションの場で「フランス共和国大統領専用車」としての象徴的な姿が示された、真のフラッグシップなのだから。

今回の試乗車は、最上級グレードに極上の快適装備を網羅した「DS N°8 ETOILE AWD アブソリュートコンフォートパッケージ」(10,450,000円)である。1,000万円の大台を超える価格だが、ドアを閉めた瞬間にその価値のすべてを理解することになる。

「バフッ」という重厚な音とともにドアが閉まると、外界のノイズが嘘のように消え去った。まるで分厚い金庫の中、あるいは“静寂の繭”に閉じ切られたかのような錯覚に陥る。それもそのはず、DSはドアやボディサイドに独自の「3層シーリング構造」を施し、音の侵入経路を多重に遮断しているのだ。さらに、このパッケージには消音効果を高めたラミネーテッドガラスや多層構造のパノラミックガラスルーフまで装備されている。

誰にも邪魔されたくない。この圧倒的な世界観を独り占めできる空間。これほどの品格に身を委ねられるのであれば、1,045万円というプライスタグすら、私には極めてリーズナブルに思えてしまった。

執念がもたらした「750km」というフレンチ・エアロダイナミクス
この巨大なSUVクーペのボディ下部には、ステランティスグループの最新プラットフォーム「STLA Medium」と、97.2kWhという巨大なバッテリーが敷き詰められている。これにより、WLTCモードで「750km」という日本のEV市場でもトップクラスの航続可能距離を叩き出しているのだ。

この数字は、単にバッテリーを大容量化しただけで達成できるものではない。フランスのエンジニアたちは、狂気とも言える執念でこの車の空力を最適化している。空気の流れを制御するフロントのアクティブエアグリッドシャッター、ボディ面と一体化したリトラクタブルドアハンドル、そしてウィンドウ内に隠されたリアドアハンドル。これらすべてが、Cd値0.24という驚異的な空力性能に貢献している。

さらに、EVオーナーにとって切実な「充電」に関しても、非常に優れたバッテリーマネジメントがなされている。最大160kWの急速充電において、バッテリー残量55%付近まで150kW以上の高い充電出力を安定して受け入れ続けることができるという。ドイツのプレミアムEVと比較しても、この充電曲線の美しさは際立っている。

クルーザーの舵と、FOCALが奏でる極上の臨場感
キャビンを見渡すと、ドイツ勢の「黒一色の冷徹なテクノロジー空間」とは対象的な、息を呑むほど豪奢な世界が広がっている。ブランドとして初採用となる16インチのワイドタッチスクリーンを中心に、ダッシュボードからドアトリムに至るまで、明るい茶色(アレザン)の最上級ナッパレザーが惜しげもなくあしらわれている。

ベンチレーション機能が備わった高密度フォームのフロントシートに身体を委ね、ヨットやクルーザーから着想を得たという、中央のスポークがクロスした「Xシェイプステアリング」を握る。最初にこの形状を見たとき、私は「なんて握りにくそうな奇をてらったデザインだ」と疑ってかかったが、実際には数キロも走らないうちにその違和感は消え去り、人間工学に基づいた見事な造形に完全に慣れてしまった。

そして、この「アブソリュートコンフォートパッケージ」の白眉とも言えるのが、フランスのハイエンドオーディオブランド、FOCAL(フォーカル)社の「FOCAL Electra 3Dプレミアムオーディオシステム」だ。14基のスピーカーと定格出力690Wの高出力アンプが奏でる音響は、先述した「3層シーリングの遮音空間」という完璧な土台があるからこそ、その真価を発揮する。ボリュームを上げると、一瞬にして車内がコンサートホールへと変貌し、音の広がりや細やかなニュアンスまでがクリアに五感を満たしていく。この音響体験だけでも、パッケージ料金を支払う価値がある。

ただ、一つだけシニカルなツッコミを入れさせてもらうなら、DS初搭載となるフロントシートの「ネックウォーマー」についてだ。首元を直接暖める効率の良さは理解できるが、せっかくのFOCALの美しい音色の背後で、耳元で作動するファンの音が少々賑やかすぎる。結果的に、車内の静粛性の高さが浮き彫りになっているとも言えるのだが。それとも、フランス人は、完璧な静寂のなかに少しばかりの人間味(ノイズ)を残したかったのだろうか。

ワンペダルモードの洗練と、悪魔的な爆発力
走り出すと、N°8は過剰なドラマを演じることなく、ひたすらに滑らかな挙動を見せる。 ステランティスグループとして初採用となる「ワンペダルモード」の出来栄えは特筆に値する。センターコンソールのスイッチで起動すると、アクセルペダルを離すだけで、同乗者の首がカクンとなる不快なショックを一切伴わず、まるでファーストクラスのように柔らかく完全停止してくれる。ストップ&ゴーが果てしなく続く日本の市街地において、これほどありがたい機能はない。

一方で、郊外に出ればステアリングのパドルシフトを使って、エネルギー回生を3段階(ロー、ミッド、ハイ)から好みに合わせて調整できる。個人的には、いかにも電気自動車らしい「回生強め(ハイ)」のセッティングが、ペダルコントロールの奥深さを味わえて好みだ。

そして、ひとたび右足に力を込めれば、前後のモーターがシステム最高出力350psを解き放つ。2.3トンという重厚なボディにもかかわらず、0-100km/h加速5.4秒というスポーツカー顔負けの数字を叩き出す。内燃機関では決して味わえない、EV特有の爆発的なトルクの立ち上がりは、まさに悪魔的な魅力だ。

だが、この車の真骨頂はスピードではない。フロントガラスのカメラで前方の路面状況を読み取り、サスペンションの減衰力を自動制御する「DS アクティブスキャンサスペンション」が、路面のあらゆる凹凸をフラットにいなしていく。「非常に良い走りをする車でありながら、心拍数を下げてくれる」のだ。

ドイツ車オーナーに、あえて言い訳をする悦び
アウディやBMW、メルセデス・ベンツといった強大なドイツのプレミアムブランドを選ぶことは、ある意味で「正解」である。誰からもその選択を疑われることはない。

対して、1,000万円を超える予算を用意してこのDS N°8を選ぶとなると、周囲からは必ず「なぜ、あえてDSにしたのか?」と問われることになるだろう。だが、それこそがこの車を所有する最大の悦びなのだ。

「ドイツ車の冷たい合理性には飽きたんだ。FOCALの極上の音響に包まれながら、この静寂の繭と、心拍数を下げてくれるフレンチ・アート・オブ・トラベルの世界観を味わうためなら、安い買い物だよ」

そんな風に、あえてマイナーな左派的選択をした理由を、グラスを傾けながら語り続ける。DS N°8 アブソリュートコンフォートパッケージは、EV特有の過激な演出を排し、すべてにおいて大人の余裕と洗練を感じさせる、電動化時代における真のラグジュアリーの完成形である。駐車場に溢れる「正解の車」たちに背を向け、この孤高のフランス車を選ぶ知的なドライバーが、日本に一人でも多く現れることを願ってやまない。

写真:上野和秀

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