極限のパフォーマンスを追求するハイパーカーの世界では、素材の探求とミリ単位の精度がすべてを決定づける。リシャール ミルの時計作りもまた、それと同じ哲学で駆動しているのだ。彼らが挑む「ジェムセッティング」は、単なる表面的な装飾ではない。芸術と高度なエンジニアリングが激しく交錯する、新たな技術的限界への挑戦である。
モータースポーツの最高峰であるF1や、数億円のプライスタグを掲げるハイパーカーの世界において、カーボンファイバーやチタン、最先端のセラミックといった素材は、もはや絶対的な前提条件となっている。我々トップギアの読者であれば、これらの素材がいかにして極限の軽量化と高剛性を両立させ、マシンのパフォーマンスを異次元へと引き上げるかをご存知だろう。そして、時計界においてこの「極限のエンジニアリング」を体現しているブランドといえば、間違いなくリシャール ミルである。
彼らのタイムピースは、まるで手首に巻くレーシングマシンのようだ。しかし今回、我々が注目するのは、彼らの最新の空力デバイスでも、複雑なクロノグラフ機構でもない。リシャール ミルが本格的に探求してきた装飾芸術、「ジェムセッティング」の世界である。硬派なクルマ好きにとって、ダイヤモンドやカラーストーンといった宝石は、どこか自分たちの世界とは無縁の、単なる煌びやかな装飾品に思えるかもしれない。だが、リシャール ミルのアプローチは根本から異なる。歴史的にジュエリーや時計を彩ってきた宝石を、彼らは単なる装飾としてではなく、ケースデザインや素材、さらにはムーブメントの構造と同等に、時計を構成する本質的な要素として位置づけているのだ。それはまさに、美しさと技術的完成度、そして感情的な共鳴を追い求める姿勢に導かれた結果である。
リシャール ミルの時計づくりにおいて、創造性は革新を駆動させ、テクノロジーは執拗なまでに美を追求する。彼らがジェムセッティングという分野において創造と技術の冒険的探求を始めたのは、今から約20年前のことだ。ブランドのホリスティックなアプローチを体現するこの装飾芸術は、2005年の「RM 007」の発表以来、ビード セッティングやインビジブル セッティングを中心として、その創造的可能性をひたすらに追求し続けてきた。
ジェムセッターと呼ばれる熟練の職人たちにとって、最初の障壁となるのはリシャール ミル特有のケースが持つ独自の幾何学である。トノー型、ラウンド型、角型を問わず、そのアーチ状のシルエットと精巧な支柱構造に対して宝石を配置するには、一切の妥協を許さない卓越したクラフツマンシップが要求される。個々の石の寸法に合わせて空間を精密に彫り込むことで、ケースのあらゆる曲線を眩い光で包み込むセッティングが完成するのだ。
さらに驚くべきことに、彼らは宝石を外装だけでなく、エンジンの心臓部たるムーブメントの中枢にも組み込んでいった。2008年に発表された「RM 018 トゥールビヨン ブシュロン」では、なんと歯車そのものを石で製作するという大胆な方向性を示し、この偉業の達成には4年以上の開発期間を要した。続く2009年の「RM 019 トゥールビヨン」では、ブラックオニキスを削り出してムーブメントの地板を製作し、時計製造とジュエリー技法の新たなシナジーを証明している。これらはもはや、建築的要素としての役割を果たしながら、複雑な感情を呼び起こす芸術作品への昇華である。
リシャール ミルの挑戦は留まることを知らない。2015年以降は、デザイン&ディベロップメント責任者としてセシル ゲナが加わり、新たな章が幕を開けた。オート オルロジュリーとファイン ジュエリーの境界を超越する彼女の指揮のもと、加工が極めて困難とされるカーボン TPT®や最先端セラミックス、さらにはサファイアといったテクニカル素材に対しても、伝統的な技法を拡張し応用していったのである。初の自社製自動巻きトゥールビヨンキャリバーを搭載した「RM 71-01 オートマティック トゥールビヨン タリスマン」や、ピンクサファイアのみでケースを構成した「RM 07-02 オートマティック サファイア」は、このジャンル融合を確立した代表作だ。そしてハイジュエリー コレクションの第一章となる「RM HJ-01」では、ルビーやサファイア、エメラルドが響き合い、トノー型ケースの概念を鮮やかな色彩で再解釈するという新境地を切り拓いた。
我々エンジニアリング愛好家が最も興奮するのは、こうした創造性を解き放つための「製造プロセス」である。カーボン TPT®やセラミックスといった素材に宝石をセットする工程は、想像を絶する複雑さを伴う。リシャール ミルは長年の経験から新たなセッティング技法を開発し、CNCマシン、あるいはサファイアの場合はレーザーを用いて、誤差わずか1ミクロン前後という極めて高い精度で微細な空洞を削り出す。そこに、宝石を支える極小のゴールド製の爪を挿入していくのだ。このミクロン単位の攻防は、まさにレーシングエンジンのシリンダー加工に通じるカタルシスがある。
彼らはこの神聖なクラフツマンシップの限界を永続的に押し広げるため、2019年6月にインハウスのジェムセッティング工房を開設した。技術的に不可能とされてきた領域へ挑むための知見を拡張し続けるという、ブランドの強烈な野心と覚悟の表れである。
リシャール ミルが手掛けるジェムセッティングは、煌びやかなベールの奥に、妥協なき素材研究と超精密加工技術という強靭な骨格を隠し持っている。F1マシンが空気を切り裂いて走るために美しく機能的なフォルムを纏うように、彼らの時計もまた、極限のエンジニアリングの果てに宝石という美しい鎧を纏うのだ。時計という小さな宇宙に込められた、芸術と技術の容赦なきせめぎ合い。その物語に触れるたび、我々クルマ好きの知的好奇心は心地よく刺激され続けるのである。
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