【ベントレー トルカル】W12の喪失を「ドラムとヴィオラ」で埋める!? 英国流・偏執的なEV開発

ベントレーが9月23日にロンドンで発表する新型車「トルカル」のディザー情報が公開された。長年愛されたW12エンジンを失うEV時代において、ベントレーはいかにしてその魂を保つのか? 出てきた答えは「ドラム演奏によるサウンド開発」や「本物のクリスタルを用いたデジタルメーター」など、英国らしい皮肉と狂気が入り混じった常軌を逸する職人技の数々だった。


EV化という波は、我々クルマ好きにとって時に「個性への死刑宣告」のように感じられることがある。とりわけ、超高級GTカーの分野においては深刻な問題だ。これまでベントレーの魅力の半分は、あのボンネットの下に鎮座する火力発電所のようなエンジンが担っていたと言っても過言ではない。W O ベントレーが1919年に創業して以来、彼らは「速いクルマ、良いクルマ、クラス最高のクルマ」を作ることを至上命題としてきた。1959年から2020年まで半世紀以上にわたって生産され続けた6.75リッターの巨大なLシリーズV8エンジンが奏でる地響きのような重低音や、無尽蔵のトルクで2トン超の車体を軽々と押し出すW12エンジンの咆哮。それらが「ヒューン」という電気モーターの無機質なノイズに取って代わられたとき、果たしてそれはベントレーと呼べるのだろうか?

エアコン無しの泥臭いオフローダーならいざ知らず、豪奢なグランドツアラーから「内燃機関の鼓動」を奪うことは、キャブレター時代の英国製GTから「オイル漏れのロマン」を取り上げる以上に致命的なアイデンティティの喪失に思える。多くのファンが、ベントレーのEV化に対してある種の「諦め」を感じていたかもしれない。

しかし、英国クルーのエンジニアたちは、ただ指をくわえて新興EVメーカーの真似事をしようとしているわけではなかった。9月23日にロンドンでワールドプレミアを迎える新型EV「トルカル(Torcal)」において、彼らは「ベントレーらしさ」をゼロから完全に再定義しようと試みている。今回、事前に小出しにされた4つのプレスリリースを読み解くと、そこには「常軌を逸した情熱」と「呆れるほどの執念」、そして良い意味での狂気がたっぷりと詰まっていた。

まずは「音」だ。
EVの最大の弱点は、感情に訴えかけるサウンドがないことである。多くのメーカーはここで安直な道を選ぶ。SF映画の宇宙船のような電子音をスピーカーから流すか、あるいは最悪なことに、存在しないV8エンジンのフェイクサウンドを合成してドライバーを騙そうとする。だが、ベントレーは違った。彼らは過去の偉大なV8エンジンのサウンドをスタジオで徹底的に録音し、分析したという。そこから導き出された結論は、「メカニカルな音色そのもの」よりも「リズム」こそが感情を揺さぶるという事実だった。

それを証明するために、彼らはパラボラ・スピーカーを用意し、片方からベントレーのV8サウンドを流し、もう片方で人間のドラマーに演奏させるという、我々トップギアの編集部でもパブの酒の席でしか思いつかないような奇妙な実験を行ったのだ。スピーカーの間を歩き回りながら音を聴き比べるというこの実験の結果、エンジンの燃焼サイクルにはドラマーの演奏と同じように「微細な不均一さ(揺らぎ)」があり、その人間くさい不完全さこそがエモーショナルな響きを生むことを突き止めた。

この変態的な(もちろん最高の褒め言葉である)探求の結果、トルカルの走行音「ベントレー ダイナミック シンフォニー」は、本物のドラム、ヴィオラ、ベースギターといったアコースティック楽器を使ってプロのミュージシャンによって作曲された。エンジン音の単なる模倣ではなく、ドライバーの入力に呼応して生の楽器の音が咆哮するのだ。もはやクルマというより、タイヤのついた移動式オーケストラピットである。

次に、インテリアの「素材」について見てみよう。
ベントレーといえば、牛の群れを丸ごと使ったような最高級レザーと、森を切り拓いたような豪奢なウッドパネルがお約束だ。しかし、トルカルではこれまで自動車業界では敬遠されてきた「メリノウール」を大々的に採用している。ファッション界ではお馴染みの高級ウールだが、クルマのシートとなれば話は別だ。ジーンズの鋲や泥だらけのコートでこすられれば、あっという間にダメになってしまうからだ。

そこでベントレーは、18世紀から続くサマセット州の老舗織物メーカー「フォックス・ブラザーズ」とタッグを組んだ。数世紀にわたって英国紳士のスーツを仕立ててきた職人たちと協力し、自動車の過酷な環境に耐えうる耐久性と、思わず頬ずりしたくなるような柔らかさを両立させた100%メリノウール生地を開発してしまったのだ。しかも、環境に配慮したRWS(Responsible Wool Standard)認証を自動車用ウール生地として初めて100%取得している。ウールに合わせた6つの専用カラーウェイまで用意するという念の入れようだ。

さらに我々を呆れさせたのが「オンブレ・パネル(Ombre Veneer)」と呼ばれる新しいウッドパネルだ。これはウォールナット(クルミ材)の端材とリサイクルペーパーをなんと最大1,000層も重ね合わせてプレスし、それを1ミリ以下の薄さにスライスするという、気の遠くなるような工程で作られている。ディープブラックからダークスモーク、ライトスモーク、そして自然なウォールナットの色合いへとシームレスにグラデーションしていくその見た目は、息を呑むほど美しい。廃材と古紙を1000回重ねて最高級のラグジュアリーに仕立て上げるなど、数ミリのパーツにかける無駄な労力としては世界最高峰だろう。過去のモデルのダッシュボードを彷彿とさせるマリナー製の「サンバースト・アルミニウム」の冷たい金属の質感と、ウールの温もりが交差する空間は、間違いなくベントレーの新しい境地だ。

3つ目のリリースは「キュレーション・エンジン」なるシステムについてだ。
我々はこれまで、22ウェイのシート調整機能(人間の背骨の関節よりも多いのではないか)など、高級車の過剰なおもてなし機能にツッコミを入れてきた。しかしトルカルは、個別の機能を調整する次元を超え、キャビン全体の「雰囲気」を丸ごと制御するという。もはや執事を超えて、専属のセラピストが同乗しているようなものだ。

用意されるモードは「ベントレー」「コンフォート」「スポーツ」、そして新設された「リフレッシュ」の4つ。神経科学に基づき、照明、サウンド、空調、空気の質、ディスプレイの表示情報までが連動して変化する。「ベントレー」モードは伝統的なグランドツアラーとしての完璧なバランスを保ち、「スポーツ」モードではサウンドがアグレッシブになりクルマとの一体感を高める。一方、「コンフォート」モードでは照明が落ち、情報過多なデジタル画面からのデトックスを促しキャビン内のペースを落としてくれる。「リフレッシュ」モードに至っては、新鮮な空気を大量に送り込み、照明を明るくしてドライバーの疲労を吹き飛ばすという。かつて「リフレッシュ」といえば窓を開けて葉巻の煙を外に逃がすことくらいだったが、時代は変わった。渋滞のM25(日本の読者向けに言えば、平日の首都高速・箱崎ジャンクション)で絶望的な気分になっているとき、クルマが勝手に車内を「移動する高級スパ」に変えてくれるのだとすれば、これは存外悪くない機能かもしれない。

最後は、ベントレーが100年以上大切にしてきた「ダイヤモンド」モチーフの継承についてである。
1920年代、当時のベントレーが背の高いラジエーターを飛び石や道路の破片から守るために採用したワイヤーメッシュから始まり、長年にわたりブルックランズ クーペのメッシュグリルやシートのステッチ、グリップを高めるための真鍮製スイッチのローレット加工として受け継がれてきた「ダイヤモンド」柄。近年ではベンテイガのヘッドランプやコンチネンタルGTのインテリアにも見られるこのモチーフだが、トルカルでは、それがフロントの「フローティング・ダイヤモンド・グリル」として新たな進化を遂げている。機能的なエンジニアリングの解決策が、ブランドを象徴するデザインステートメントへと昇華した好例だ。

だが、我々が最も呆れ半分で突き放しつつも、最終的にひれ伏してしまったのはインテリアのデジタルディスプレイの作り込みである。現代のクルマのメーターは巨大な液晶パネルになり、いかに美しいグラフィックを描画するかが勝負となっている。普通のメーカーなら、シリコンバレーから優秀なUIデザイナーを引き抜き、ピクセル単位でCGを描かせるだろう。

しかしベントレーは、またしても常識の斜め上をいった。彼らはイギリスの湖水地方にある「カンブリア・クリスタル」に赴き、このプロジェクトのためだけに特注の手吹き・手彫りのハンドカット・クリスタルガラスを製作させたのだ。そして、その実物のクリスタルに光を当て、屈折し反射する光の揺らぎを捉え、それをデジタルディスプレイのグラフィックとして取り込んだという。手作業ゆえの微小なバリエーションと自然な不完全さが、超近代的なデジタル体験に思いがけない温もりと人間味をもたらしている。

お分かりだろうか? 最終的にはただのデジタルピクセルとして表示される映像のために、わざわざ英国の伝統的なガラス職人に本物のクリスタルを彫らせたのである。電子制御ゼロのトラックツール(サーキット専用車)を愛するような原理主義者からすれば「ただの無駄遣い」にしか見えないかもしれないが、この「全く必要のないことに天文学的な手間とコストをかける」ことこそが、真のラグジュアリーの証明なのだ。サステナブルな製法を用いながらも、こうした狂気的なクラフトマンシップを失わない点は見事と言うほかない。

新型「トルカル」は、エンジンという心臓を失ったかもしれない。しかし、その代わりに彼らが詰め込んだのは、英国の職人技、不完全な人間らしさへの愛、そして呆れるほどの執着心である。価格や限定数は現時点では未発表だが、9月23日のロンドンでの公開時には、間違いなく世界中の富裕層が小切手を握りしめて列をなすことだろう。このクルマは、単なる最新のEVではない。紛れもなく、歴史と伝統を背負った「重度の変態的傑作(誉め言葉)」としてのベントレーなのである。

中古車が気になった方へ
中古車相場をチェックする在庫車多数ガリバー

今の愛車の買取価格を調べる カーセンサーで最大30社から一括査定

新車にリースで乗る 【KINTO】

トラックバックURL: https://topgear.tokyo/2026/08/94932/trackback

コメントを残す

名前およびメールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ピックアップ

トップギア ジャパン 074

アーカイブ