試乗:398万円の衝撃と熱効率43%の執念 BYD SEALION 6は、日本のPHEV市場を焼き尽くす「静かなる怪物」か?

BYD初のPHEV「Sealion 6」を御殿場で試乗した。熱効率43%を誇るエンジンと「電気主体」の独自システムは、398万円という価格で何を成し遂げたのか。日本車勢にとって最大の脅威となりうるその実力と、技術の裏にある哲学を解き明かす。

御殿場の冷涼な空気が、薄霧となって峠道を包み込んでいた。静寂が支配するこの場所で、私は今、自動車産業の勢力図を塗り替えようとする「巨大な波」の最先端に触れている。

目の前にあるのは、BYD Sealion 6(シーライオン シックス)。中国の巨人が日本市場に放つ第5の矢であり、これまでバッテリーEV(BEV)のみを展開してきた彼らが初めて持ち込んだプラグインハイブリッド車(PHEV)だ。

正直に言おう。試乗前、私の心には一抹の懐疑があった。「今さらPHEVか?」と。世界がBEVへと急進する中で、内燃機関を積んだモデルを投入する意味は何なのか。それはBEV普及までの「つなぎ」に過ぎないのではないか、と。

だが、ステアリングを握り、御殿場のワインディングを駆け抜けた今、その認識は完全に覆された。これは妥協の産物ではない。内燃機関と電動化技術を極限まで擦り合わせ、効率と快楽を追求した、エンジニアリングの勝利である。価格は398万2000円。この数字を見たとき、私は背筋が寒くなるのを感じた。これは単なる「お買い得な輸入車」ではない。日本の自動車メーカーが長年築き上げてきた牙城を、その根底から揺るがす「日本車キラー」の真の姿かもしれないからだ。

「電気主体」というパラダイムシフト
まず、この車の心臓部について語らねばならない。ここには、BYDの技術哲学が色濃く反映されている。彼らが「DM-i(Dual Mode-intelligent)スーパーハイブリッド」と呼ぶシステムは、既存のハイブリッドとは出発点が異なる。

多くのハイブリッドシステム、特に欧州製のそれは、エンジンが主役であり、モーターは燃費を稼ぐための黒子に過ぎなかった。しかし、BYDの思想は真逆だ。「以電為主(電気を主とする)」――この四文字こそが、Sealion 6の設計思想のすべてを物語っている。DM-iシステムは、大出力モーターと大容量バッテリーをパワートレインの中核に据えている。エンジンはあくまで発電機としての役割が主であり、駆動輪を直接回すのは高速巡航時の一部に限られる。つまり、構造的にはシリーズハイブリッドに近いが、高速域ではエンジン直結モード(パラレル)を持つことで、モーターが苦手とする領域をカバーする。

このアプローチ自体は、ホンダのe:HEVや三菱のアウトランダーPHEVに近い。だが、BYDが恐ろしいのは、その構成要素すべてを自社で垂直統合開発し、異常なまでのスペックを叩き出している点だ。

熱効率43.04%への執念
ボンネットの下に収まるのは、1.5リッターの直列4気筒自然吸気エンジンだ。スペック上の出力は控えめだが、このエンジンにはエンジニアの魂が宿っている。BYD 自動車新技術研究院のDMシステム開発責任者、魯超(ルー チャオ)氏が提示した資料には、驚くべき数字が記されていた。「熱効率43.04%」。内燃機関の歴史を知る者なら、この数字の重みが理解できるはずだ。量産ガソリンエンジンとして、これは世界最高水準の領域にある。

どうやってこの数字を達成したのか。答えは、PHEV専用エンジンとしての割り切りにある。発電主体とすることで、エンジンは常に「おいしい領域」、つまり燃費効率が最も良い回転数と負荷で定点運転を行えばよい。低回転からの太いトルクも、レッドゾーンまでの伸びも必要ないのだ。

その割り切りが可能にしたのが、15.5という驚異的な圧縮比だ。通常のガソリンエンジンならノッキング(異常燃焼)で壊れてしまうほどの高圧縮だが、アトキンソンサイクルの採用と、徹底した冷却技術によってこれを成立させている。特に注目すべきは「インテリジェント分流冷却(Split Cooling)」技術だ。シリンダーブロック(腰下)とシリンダーヘッド(燃焼室周り)の冷却水路を独立させ、それぞれを最適な温度に管理する。ノッキングが起きやすいヘッド周りは強力に冷やし、摩擦損失を減らしたいブロック周りは適温に保つ。まるでF1エンジンのような緻密な熱マネジメントが、大衆車向けのユニットで行われているのだ。

このエンジンは、もはや「内燃機関」というよりは、高効率な「発電プラント」と呼ぶべきだろう。BYDは、内燃機関を終わらせるために、内燃機関を極めたのである。

ブレードバッテリーという心臓
そして、BYDの真骨頂であるバッテリー。Sealion 6には、同社自慢の「ブレードバッテリー」が搭載されている。正極材にリン酸鉄リチウム(LFP)を使用したこのバッテリーは、熱安定性が高く、釘を刺しても発火しないという高い安全性を誇る。容量は18.3kWh。これにより、WLTCモードで100kmというEV走行距離を実現している。日本の一般的なユーザーの使用環境であれば、平日はガソリンを一滴も使わずに過ごすことが可能だ。

さらに、バッテリーパック自体を車体構造の一部として組み込む「CTB(Cell to Body)」に近い設計思想や、バッテリーモジュールを排してスペース効率を高める「Cell to Pack」技術により、LFPの弱点であるエネルギー密度の低さをカバーしている。
これら「高効率エンジン」「高出力モーター」「大容量ブレードバッテリー」の三位一体こそが、DM-iスーパーハイブリッドの正体である。
御殿場の霧を切り裂く静寂
理屈は分かった。では、走りはどうなのか。
スタートボタンを押し、システムを起動する。エンジンは掛からない。静寂だけがそこにある。シフトレバーをDに入れ、アクセルを静かに踏み込むと、Sealion 6は滑るように動き出した。

御殿場の市街地から、峠道へとステアリングを切る。FWDモデルの車両重量は約1.9トン。決して軽くはないが、モーター特有の瞬発力のおかげで、重さを感じることはない。アクセルペダルとタイヤが直結しているかのようなリニアな加速感は、まさしくEVそのものだ。
狭い峠道に差し掛かる。全幅1,890mmというサイズは、日本の林道のような道では少し気を使う大きさだ。しかし、意外なほどに取り回しが良い。見切りの良いボンネット形状と、良好な視界、そして何よりステアリングの応答性が素晴らしく良いのだ。

海外の試乗レポートでは「ステアリングのフィードバックが希薄で、ドライバーとの対話に欠ける」という指摘も見られた。確かに、ポルシェのような路面の粒立ちまで伝えるインフォメーションはないかもしれない。しかし、ここ日本の、それも荒れた路面も混在する峠道において、このステアリングは非常に正確だ。切れば切っただけ素直にノーズが入り、修正舵を必要としない。不快なキックバックも遮断されており、知的な大人のドライビングにはこれくらいが丁度いいと感じさせる。

上り坂での挙動も特筆すべきだ。勾配がきつくなると、システムは「シリーズハイブリッドモード」へと移行する。エネルギーモニターを見なければ気づかないほど静かにエンジンが始動し、発電を開始する。

試乗前に行われたデモンストレーションで、エンジン単体での始動音を聞く機会があったのだが、その静粛性には舌を巻いた。ボンネットを開けた状態でさえ、メカニカルノイズは極限まで抑え込まれている。遮音材の多用だけでなく、エンジン内部のバランス取りや、燃焼制御そのものが洗練されている証拠だ。

走行中、エンジンがかかっても、それが駆動用ではなく発電用として一定回転で回っているため、アクセル操作とエンジン音が乖離する「ラバーバンドフィール」への懸念があった。しかし、Sealion 6の遮音性は極めて高く、エンジンの存在自体が遠い。さらに、モーターのトルクが強大であるため、エンジンが唸るような高回転まで回す必要がほとんどないのだ。「電気主体」の恩恵は、静粛性という形でも現れている。

乗り心地に見る「欧州」と「アジア」の融合
足回りのセッティングは、明らかに快適志向だ。海外メディアが「スポーツクロスオーバーとしては驚くほどソフト」と評していた通り、路面の凹凸を優しくいなしてくれる。

御殿場周辺の荒れたアスファルトや、段差を乗り越える際も、周波数感応型ダンパーが巧みに機能し、不快な突き上げをキャビンに伝えない。ボディ剛性が高く、フロアからの微振動も皆無だ。

一方で、コーナーでのロールは許容するタイプだ。しかし、不安なロールではない。バッテリーという重量物が床下にある低重心レイアウトのおかげで、グラッと傾くのではなく、ジワリと沈み込んで粘る。

興味深いのは、この乗り心地がどこか懐かしく、かつ新しいことだ。かつてのフランス車のような猫足感がありつつ、ドイツ車のような剛性感も併せ持つ。BYDのデザイン責任者が元アルファ ロメオやアウディで活躍したヴォルフガング エッガー氏であることを考えれば、欧州のテイストが注入されているのは当然かもしれない。しかし、そこにはアジア的な「おもてなし」の柔らかさも同居している。

一つだけ、試乗中に筆者と同乗者が苦笑いした場面があった。交差点を曲がろうとして、ワイパーを動かしてしまったのだ。
そう、Sealion 6のウインカーレバーは「右側」にある。輸入車といえば左ウインカーが常識だが、BYDは日本市場への導入にあたり、わざわざ右ウインカーに変更してきた。これは彼らの「日本市場へのリスペクト」であり、ユーザーの利便性を最優先する姿勢の表れだ。
我々自動車ライターのような人間は、体が「輸入車=左レバー」と覚えてしまっているため、逆にワイパーを動かしてしまうという皮肉な結果になったが、一般のユーザーにとってはこれ以上ない福音だろう。この細やかな配慮こそが、BYDの恐ろしさでもある。

海洋の美学とデジタルラグジュアリー
一息つくために車を停め、改めて内外装を観察する。
「オーシャンシリーズ」に属するSealion 6のデザインは、海をモチーフにしている。フロントフェイスは、エンジンの冷却孔(グリル)を持ちながらも、BEVのSealion 7に近い、スリット状の未来的な造形だ。サイドのキャラクターラインは波のうねりを表現しており、光の当たり方で表情を変える。

ドアを開けると、そこには398万円という価格が信じられないほどの高品質な空間が広がっている。
ダッシュボードからドアトリムにかけて、ソフトパッドと合成皮革が惜しみなく使われ、ステッチの処理も精緻だ。センターコンソールには、BYDのアイコンであるクリスタル調のシフトレバーが鎮座し、その周りには物理スイッチが機能的に配置されている。タッチパネル全盛の時代に、走行モードやエアコンの基本操作を物理キーで残している点は、トップギア読者のような玄人筋には好感触だろう。

そして、中央には15.6インチの回転式タッチスクリーン。ナビゲーション、空調、車両設定、エンターテインメントのすべてを司るこの画面は、タブレット端末のようにサクサク動く。音声認識機能「Hi, BYD」の反応も良く、「暑い」と言えばエアコンを調整し、「窓を開けて」と言えばサンルーフを開けてくれる。

シートは、ヘッドレスト一体型のスポーツタイプだが、掛け心地はソファのように優しい。前席にはシートヒーターだけでなくベンチレーションも標準装備されている。日本の蒸し暑い夏には、これほどありがたい装備はない。
後席も広大だ。2,765mmというロングホイールベースと、EV専用プラットフォームではないものの工夫されたパッケージングにより、身長175cmの筆者が足を組めるほどの余裕がある。床面がほぼフラットなのも、後席中央に座る人への配慮が行き届いている。

「日本車キラー」の真実
試乗を終え、再びキーを置くとき、私の脳裏には一つの確信が浮かんでいた。
Sealion 6は、日本の自動車メーカーにとって、過去最大級の脅威になるだろう。
競合となるのは、トヨタのRAV4 PHEVやハリアーPHEV、三菱のアウトランダーPHEVといった錚々たる面々だ。これらはどれも素晴らしい車であり、日本の技術の結晶である。しかし、Sealion 6はそれらと同等以上の装備、EV走行距離、そして質感を持ちながら、価格は100万円以上安いケースさえある。

これまで中国車に対して抱かれていた「安かろう悪かろう」という偏見は、この車には通用しない。ドアの閉まる音、スイッチの感触、走行中の静粛性。どこをとっても、世界基準のクオリティに達している。むしろ、内装の質感やインフォテインメントの先進性においては、一部の日本車を凌駕しているとさえ言える。

もちろん、完璧ではない。ブレーキのタッチには若干の慣れが必要だ。回生ブレーキと油圧ブレーキの協調制御は高度だが、停止寸前のコントロールにはまだ改善の余地があるかもしれない。また、峠道を攻め込むような走りをした際の、タイヤのグリップ感やシャシーの限界特性については、欧州のプレミアムブランドほどの深みはないかもしれない。

しかし、日常の99%を占めるシーンにおいて、Sealion 6は極めて快適で、経済的で、知的な乗り物だ。
「EVに乗りたいが、充電インフラが不安だ」「長距離ドライブも楽しみたいが、燃費も気になる」――そんな日本のユーザーの悩みに、BYDは「DM-iスーパーハイブリッド」という技術と、右ウインカーという心遣い、そして破壊的な価格で回答を示した。

結論:エンジニアリングの民主化
BYD Sealion 6に乗って感じたのは、恐怖ではない。むしろ、清々しいほどの「エンジニアリングの民主化」だ。
かつて、高度なハイブリッド技術や、先進的な運転支援システム、ラグジュアリーな内装は、高価なプレミアムカーだけの特権だった。BYDは、垂直統合という武器を使ってそれらをコモディティ化し、誰もが手の届く価格で提供しようとしている。

これは、単なる価格競争ではない。技術による生活の質の向上という、エンジニアリング本来の目的への回帰だ。
40代、50代の人々にとって、車は単なる道具ではない。そこには物語が必要だ。Sealion 6には、「バッテリーメーカーから身を起こし、世界を席巻する自動車メーカーになった」という壮大な物語と、「内燃機関の効率を極限まで高め、電気と融合させる」という技術的な哲学が詰まっている。

もしあなたが、ブランドのエンブレムや過去の常識にとらわれず、純粋に「良いモノ」「優れた技術」を評価できる審美眼を持っているなら、BYD Sealion 6は、今もっとも試すべき一台であることは間違いない。
ワイパーを動かしてしまう些細なミスさえ、新しい時代の到来を告げる愛すべきエピソードとして、笑って話せるようになるはずだ。
写真 上野和秀
試乗:398万円の衝撃と熱効率43%の執念 BYD SEALION 6は、日本のPHEV市場を焼き尽くす「静かなる怪物」か?

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