世のSUVが揃いも揃って怒り顔で肥大化を続ける中、イタリアから四角くて愛嬌たっぷりな反逆者がやってきた。初代の「究極の道具感」を現代に蘇らせた新型フィアット グランデ パンダだ。単なるレトロモダンではない、スペックと効率ばかりを追い求める退屈なクルマ社会に痛烈なアンチテーゼを突きつけるこの小さな巨人の哲学に迫る。
トップギア ジャパンの読者諸兄なら、現在の自動車業界が陥っている奇妙な病にお気付きだろう。街を見渡せば、どのクルマも「スポーツ ユーティリティ」という名の免罪符を掲げ、獲物を威嚇するような巨大なグリルと、狭い路地で絶望するほど肥大化したボディを持て余している。まるで、タキシードを着た乱闘騒ぎのように、見栄と力みだけで息が詰まりそうだ。
そんな息苦しい現代の路上に、突如としてイタリアからとびきり陽気な風が吹き込んだ。新型「フィアット グランデ パンダ ハイブリッド」の日本上陸である。このクルマは、威圧感とは無縁だ。デザイナーのジョルジェット ジウジアーロが1980年に描き出した初代パンダ——「最小限の要素で最大の空間を生む」という究極の道具感——を見事に現代のBセグメントへと昇華させている。これは単なる懐古主義の産物ではない。現代の無機質なスペック競争に対する、イタリアからの極めて知的でシニカルな解答なのだ。
ピクセルとリンゴット:遊び心に潜むトリノの血統
新型グランデ パンダの前に立つと、まずその顔つきに思わずニヤリとしてしまうはずだ。ヘッドライトとグリルを構成するピクセルLEDは、80年代のアーケードゲームから飛び出してきたかのようなレトロポップな愛嬌を放っている。だが、トップギア ジャパン的に見逃せないのは、これが単なるデジタルカルチャーの引用ではないという点だ。この四角い連続模様は、かつて屋上に巨大な楕円形テストコースを備えていたことで知られる、トリノの歴史的な「リンゴット工場」の窓枠から着想を得ているのだ。
ボディサイドに目を移せば、ドアパネルの下部に「PANDA」のレタリングが3Dプレス加工で直接打ち込まれている。安っぽいプラスチックのバッジをペタペタと貼るのではなく、鉄板そのものに名前を刻み込むという手法は、初代「Panda 4x4」のタフで実用的な美学への強烈なオマージュである。さらに、リアゲートに鎮座する「FIAT」の立体ロゴや、見る角度によってFIATロゴから4本ラインへと変化するCピラーの「レンチキュラーグラフィック」など、コストと環境負荷を下げるためにパーツ数を極限まで減らしながらも、視覚的な退屈さを一切感じさせない。
フィアット インテリアデザイン責任者のミケーレ ロンゴは、この直線を基調としたエクステリアに対し、インテリアには徹底して「リンゴットの楕円(オーバル)」を反復させるという離れ業をやってのけた。ダッシュボード、ディスプレイフレーム、センターコンソールに至るまで、あの伝説的な屋上テストコースのモチーフが埋め込まれており、10インチのデジタルメーターの片隅には、屋上を走る初代パンダのシルエットが隠されているというのだからたまらない。
4メートルの奇跡:詰め込みすぎない機能美
全長4,010mm、全幅1,765mm。現代の基準からすれば、驚くほどコンパクトなサイズに収められている。しかし、そのドアを開ければ、物理法則を無視したかのような魔法の空間が広がっている。スクエアなボディ形状と絶妙に高いアイポイントのおかげで、大人5人が眉間を寄せることなく談笑できる居住性が確保され、ラゲッジスペースは通常時で412L、後席を倒せばクラス最大級の1,366Lという、ちょっとした洞窟のような空間が現れる。
そして、このパッケージングの最大のハイライトは「BAMBOX(バンボックス)」と呼ばれるダッシュボードだろう。通常、助手席の目の前にある巨大なエアバッグを、彼らはなんと「天井」へと移設してしまったのだ。すべては、初代パンダのアイデンティティであった「何でも放り込めるポケットダッシュボード」を現代に蘇らせるためである。
素材選びも、フィアット特有のユーモアに溢れている。La Primaグレードに採用されたこのダッシュボードには、天然竹繊維が約33%配合された「BAMBOX Bamboo Fiber Tex」が使われているのだ。「パンダといえば竹を食べるから」という、小学生でも思いつくようなダジャレを、イタリアの職人が大真面目に最先端のサステナブル素材として具現化してしまったのである。さらに、車両1台あたり約140本分の飲料用紙パック(リサイクル困難なアルミ複合層)を再利用した「ラポレン エコテック」樹脂が、キラキラとした独特の質感を添える。真のエコとは、声高に叫ぶものではなく、こうした粋な遊び心の中にこそ宿るべきものだ。
日常を救うパワートレインと価格の現実味
ボンネットの下に収められているのは、1.2Lの直列3気筒DOHCガソリンターボエンジン(101PS)と、48Vのフロントモーター(20PS)を組み合わせたマイルドハイブリッドシステムだ。システムトータル110PSという数字を見て、「なんだ、スーパーカーには程遠いじゃないか」と鼻で笑うのは素人である。1,270kgという軽量なボディを、電子制御6速e-DCTが小気味よく引っ張るのだ。時速30km以下の渋滞路や駐車場ではモーター単独で静かに滑るように走り、アクセルを踏み込めば3気筒特有のビートを響かせて躍動する。これはニュルブルクリンクのラップタイムを削るためのスペックではない。憂鬱な月曜日の朝の通勤や、狭い裏路地でのすれ違いを、最高に痛快なイベントに変えるための心臓なのだ。
そして何より、我々を驚かせたのはその価格設定である。ICONグレードで3,690,000円。La Primaでも4,090,000円。Bセグメントのコンパクトカーですら平気で高級車のような価格タグをぶら下げる異常な現代において、この価格設定は「クルマは本来、大衆の足であるべきだ」というフィアットからの強烈なメッセージに他ならない。
ラウンドテーブルで明かされた「フィアットの矜持」
発表会後のラウンドテーブルは、予定調和の質疑応答とは程遠い、体温の宿った「本音のぶつかり合い」となった。
導入初期のターゲットとして彼らが見据えているのは、意外なことに新旧パンダを愛する既存オーナーたちだという。特に初代パンダのオーナーは車齢が高くても手放さないため、「休日の相棒は初代、日常の足としてグランデ パンダ」という2台持ちの需要を確信しているのだ。
ステランティス ジャパン イタリアンブランド事業部長の黒川進一氏は、昨今のクルマ選びの風潮に対して、極めて切れ味鋭い言葉を投げかけた。
「燃費や維持費に対する経済合理性や、カタログスペックの数字だけで国産コンパクトカーと比較するようなお客様には、正直申し上げて『選ばない方がいい』とお伝えしたい。フィアットの本質は、スペックの比較競争ではありません。日々の暮らしに、ご機嫌な色彩や余白を与えるためのライフスタイル提案なのです」
記者席から「グループ内のシトロエンC3と共通のプラットフォームだが、走りの差別化はどうなのか?」という意地悪な問いが飛ぶと、開発陣は待ってましたとばかりに胸を張った。骨格こそ同じだが、ダンパーの初期減衰やブッシュの硬度、パワートレインの制御マップには門外不出の「秘密のレシピ」が注ぎ込まれているという。「ステアリングを切った瞬間に、良い意味で笑っちゃうくらいフィアットそのものの軽快な走りに仕上がっている」と、彼らは絶対の自信を覗かせた。
そして、この日一番の熱気が会場を包んだのが、マニュアルトランスミッション(MT)の可能性に話が及んだ瞬間だ。FIATブランド側から、将来的な「日本市場へのMT仕様導入」を本気で検討しているという驚くべき発言が飛び出したのだ。
「オートマ全盛の時代だからこそ、自らの手でギアをカチャカチャと操作し、エンジンと対話する『心の余白』を、フィアットとして日本の皆様に提供したい」
効率化と自動化、そして電動化が絶対正義とされる令和の時代に、これほど痛快で胸が熱くなる反逆のメッセージがあるだろうか。その言葉を聞いた瞬間、テーブルを囲む自動車記者たちの目が一斉に輝いたのは言うまでもない。
想像してみてほしい。日本の狭い路地や、無機質なコンクリートのガレージに、この四角くて色彩豊かなグランデ パンダが停まっている風景を。それは間違いなく、灰色の日常を切り裂く鮮やかなカンヴァスとなるはずだ。スペックシートの数字を睨みつけてため息をつくのではなく、キーを捻る(あるいはボタンを押す)たびに、フフッと声を出して笑ってしまうようなクルマ。それこそが、我々が本当に必要としていた「究極の道具」ではないだろうか。
果たしてこの四角い相棒は、かつて我々の心を鷲掴みにした初代パンダのように、日本の曲がりくねった峠道やアスファルトの上で最高の笑顔を引き出してくれるのだろうか? その走りの真価、そして「笑っちゃうほどフィアット」と豪語する秘密のレシピの全貌は、近日公開の試乗レポートで徹底検証する。首を長くして、そして大いに期待して待っていてほしい。
写真:上野和秀




