伝説のレーシングドライバー、ジム クラークの偉業を称えた世界限定60台の「ロータス エミーラ クラークエディション」。その日本国内最後の1台が原宿で販売されている。F1とインディ500を制覇した1965年の伝説的レーシングカーへのオマージュを散りばめたこの特別なモデルは、単なるノスタルジーの産物なのか。それとも現代に蘇った狂気の具現化なのか。2,359万円の価値をトップギア的視点で検証する。
自動車メーカーというものは、過去の栄光を再利用することにかけては天才的な手腕を持っている。彼らは、色褪せた古いモノクロ写真から都合よくインスピレーションを引き出し、現代の最新モデルにいくつかの特別なバッジと専用のペイントを施しては「伝説の再来」と銘打ち、莫大なプレミアムを上乗せする。それはまるで、かつて一世を風靡したロックスターが、シワだらけの顔で往年の大ヒット曲を再録音し、限定アナログ盤として熱狂的なファンに高値で売りつけるようなものだ。我々は幾度となく、その手のあざとい「特別仕様車」を見せられてきた。しかし、今回ばかりは少々事情が異なる。なぜなら、その冠された名前が、あの「ジム クラーク」だからだ。
英国のスポーツカーブランドであるロータスが、伝説のレーシングドライバーであるジム クラークに敬意を表した特別モデル「ロータス エミーラ クラークエディション」を発表した。このクルマは、世界限定わずか60台という極めて希少なモデルである。そして現在、日本国内で購入できる最後の1台が、LOTUS 東京 原宿ショールームにて展示および販売されているという。
まずは、ジム クラークという人物について少しばかり復習しておく必要があるだろう。現代のF1ドライバーは、まるで無菌室で育てられたエリートアスリートのように、分刻みのスケジュールと厳格な栄養管理のもとでシミュレーターに乗り込み、数え切れないほどの電子制御とチタン製のハロ(保護装置)に守られてサーキットを走っている。しかし、1960年代のモータースポーツはまったく違った。当時のレーシングカーは、言うなれば「巨大な燃料タンクに大排気量エンジンと極太のタイヤを括り付けただけの、走る棺桶」であった。シートベルトの有効性すら疑問視されていたような時代に、彼らは文字通り命を懸けてコーナーに飛び込んでいたのだ。
そんな狂気と隣り合わせの時代において、ジム クラークは完全に異次元の存在だった。1965年、彼はチーム ロータスとともにF1世界選手権を制覇しただけでなく、アメリカのインディアナポリス 500でも優勝を果たした。F1の王座とインディ500の制覇を同じ年に成し遂げたのは、モータースポーツの長い歴史上、ただ一人、ジム クラークだけである。この偉業は今なお色あせることなく、ロータスのレーシングスピリットの象徴として語り継がれている。
現代のモータースポーツ界で、現役のF1王者がシーズンの合間にふらりとアメリカへ飛んでインディ500に出場し、しかも勝ってしまうなどという事態は想像すらできない。契約書とスポンサーの意向、そして何よりチームの弁護士たちがそれを絶対に許さないからだ。しかし1965年には、ドライバーの純粋な才能と情熱、そしてロータスの創始者コリン チャップマンの革新的(そして時として脆い)エンジニアリングが見事に融合し、不可能を可能にしてしまった。今回のエミーラ クラークエディションは、その輝かしい功績を称え、ジム クラークがステアリングを握っていた時代のレーシングカーからインスピレーションを得て誕生した特別な一台である。
さて、このクルマが纏う特別なディテールを見ていこう。まず目を引くのは、専用色として採用された「クラーク レーシング グリーン」のボディカラーだ。英国のスポーツカーといえばグリーンが定番だが、この深みのある色合いは、現代の環境に配慮したエコカーが纏うような平和的なグリーンとは次元が違う。さらに、フロントを彩るイエローのストライプは、1965年のインディアナポリス 500で彼を勝利に導いた名車「ロータス タイプ38」へのオマージュである。このカラーリングを見ただけで、モーターレーシングの歴史を愛する者の心拍数は確実に跳ね上がるはずだ。
しかし、私が最も興味を惹かれたのはインテリアである。ロータスの発表によれば、このモデルには「左右非対称のカラーリングを施したスポーツシート」が採用されているという。これは一体どういうことだろうか? 運転席と助手席で色が違うというのか。まるで、ドライバーには「君はジム クラークの魂を受け継ぐ選ばれし者だ」と囁きかける一方で、助手席に座る人間には「あなたは単なる重量合わせのバラスト(重り)です」と宣告しているかのようだ。徹底したドライバー第一主義の表れなのかもしれないが、これには少しばかりのサイケデリックな狂気すら感じる。
さらに、ウッド製シフトノブが装備されている点も見逃せない。かつてのロータスといえば、徹底的な軽量化のために内装のカーペットすら剥ぎ取るようなスパルタンなブランドだった。しかし、エミーラはエアコンも効けば上質なオーディオも鳴る、極めて現代的で快適なスポーツカーだ。そこに、あえてノスタルジックで温かみのあるウッド素材のシフトノブを配置することで、ドライバーがギアを変えるたびに1960年代のレーシングカーのコクピットにタイムスリップさせるという寸法である。そして極めつけに、ジム クラークのシグネチャーや専用バッジなど、このモデルだけの意匠が随所にあしらわれている。
乗り込む際には、足元にも注目しなければならない。カーボンファイバー製のスカッフプレートには、世界で生産された60台のうちの一台であることを証明するシリアルナンバーが刻まれている。これは、スーパーカーのオーナーたちが最も好むディテールの一つだ。なぜなら、ゴルフ場や高級レストランの駐車場で、ドアを開けた瞬間に自分のクルマがいかに特別であるかを無言のうちに見せつけることができるからである。
ロータスは、これらのディテールは単なる装飾ではなく、そこに込められているのはロータスが受け継いできたモータースポーツの歴史と、ドライバーとクルマが一体となる走りへの情熱であると主張している。確かにその通りだろう。現在のロータス グループは、高性能スポーツカービジネスである「ロータス カーズ」と、オール エレクトリックのラグジュアリー モビリティ プロバイダーである「ロータス テクノロジー」の2つで構成されている。ブランドが急速に電動化へと舵を切る中で、内燃機関を積んだスポーツカーにジム クラークの名を刻むことは、一つの時代の終焉を飾る壮大なモニュメントのようなものだ。
問題は、この歴史的モニュメントを手に入れたオーナーが、それをどう扱うかである。
現在、日本国内で購入できるこの最後の1台は、LOTUS 東京 原宿ショールームに展示されている。クレープの甘い匂いと若者の熱気に包まれた原宿のど真ん中に、インディ500の伝説とむき出しのモータースポーツの歴史を背負ったスポーツカーが鎮座しているというコントラストは、なかなかにシュールである。写真だけでは伝わりきらない専用カラーの質感や、細部にまで込められたデザインのこだわりを、実車で確かめることができる最後の機会となっている。(ただし、展示期間は予告なく変更となる場合があるため、来店前の問い合わせが推奨されている。)
気になる車両本体価格は、2,359万5,000円(税込)である。一般的な感覚からすれば間違いなく高価だが、近年の限定スーパーカー市場の常軌を逸したインフレーションを考えれば、驚くほどの数字ではないかもしれない。むしろ、この希少性と歴史的背景を考慮すれば、「お買い得」とさえ錯覚してしまいそうだ。
しかし、私が最も恐れているのは、この2,359万5,000円を支払うことができる幸運(あるいは裕福)なオーナーが、このクルマを空調の効いたガレージに仕舞い込み、資産価値が上がるのをひたすら待つだけの「ガレージクイーン」にしてしまうことだ。世界限定60台の特別なシリアルナンバーが、ただの投資信託の証書のように扱われるのは悲劇でしかない。
ジム クラークは、クルマを限界までプッシュし、タイヤを滑らせ、勝利のためにすべてを捧げた男である。彼の名を冠し、彼の偉業を称えるクルマであるならば、その主戦場は静かなガレージの中ではなく、荒れたアスファルトの上でなければならない。ウッド製のシフトノブは、掌の跡がつくほど固く握りしめられるべきであり、左右非対称のシートは、横Gに耐えるドライバーの熱気を吸い込むために存在しているはずだ。
もしあなたが、原宿のショールームでこの日本最後の1台を手に入れる決意をしたのなら、トップギアから一つだけお願いがある。休日の早朝、誰もいないワインディングロードにこのクルマを連れ出してほしい。そして、「クラーク レーシング グリーン」のボディに虫の死骸とブレーキダストをたっぷりとこびりつかせてやってほしい。それこそが、ジム クラークという偉大な伝説に対する、最も正しく、そして最もロータスらしい敬意の払い方なのだから。




