最新のスーパーカーやEVを紹介することが多いトップギアだが、今、自動車文化の片隅で「平凡な」70〜90年代の大衆車を愛でる動きが加速している。コンクール級の不人気車や、あえて「退屈な車」を追加するゲームMODの登場。なぜ私たちは、高性能だが無味乾燥な最新EVよりも、錆びついた過去の遺物に惹かれるのか? その理由を考察する。

トップギアの主な魅力が、エキゾチックで誰もが欲しがるパフォーマンスカーを取り上げることにあるのは当然の理屈だ。もちろん、新型シュコダ エンヤック(※1)が旧型シュコダ エンヤックよりも少し良くなっているかどうか(実際良くなっているのだが)を喜んでお伝えはするが、正直に言おう。読者諸君が求めているのはそんなことではないはずだ。諸君がここに来るのは、片方の腎臓を闇市場で売ってでも手に入れたいと思うような――たとえ、保険料を払うためにもう片方の腎臓も売らなければならないと分かっていてもだが――とんでもない「タイヤ殺し」の凶器を眺めるためだろう。
しかし、自動車文化の中に「非凡」ではなく「平凡」を称える動きが広がっていることに、諸君もお気づきかもしれない。「フェスティバル オブ ジ アンエクセプショナル(平凡の祭典 ※2)」や「ミスマッチ アット ザ ハッチ」といったイベントは、1970年代、80年代、90年代の、想像しうる限り最も退屈な車たちを愛でることに捧げられている。
こういった場所でしかお目にかかれないものがある。例えば、コンクールコンディションで完全に錆のない、1988年式オースチン モンテゴだ。信じがたいことに、これが誰かの誇りであり喜びなのだ。「モンテゴ」という名前はスペイン語由来で「山のような」という意味らしいが、もしあいつが緩やかな丘を登り切れたとしたら、それはある種のちょっとした奇跡だろう。
通常、レースゲームはトップギアと同じような目的を果たしている。フェラーリの文字と数字の最新の組み合わせを運転する体験に、諸君を近づけることだ。しかし、この「退屈」へのトレンドはデジタル領域にも及んでおり、少し変わった形で現れている。「グランツーリスモ」シリーズは常に自動車輸送の全領域を網羅しようとしてきたが、一部の熱心なファンにとってはそれだけでは不十分だったようだ。
そこで登場するのが、想像力をかき立てるタイトルの『グランツーリスモ2:ベージュ エディション』だ。これは1999年のプレイステーション用ゲーム『グランツーリスモ2』のファンメイド改造版(MOD)で、50以上のメーカーから330台以上の車が追加されている。そしてそう、このゲームの看板車種(ポスターカー)がクライスラー PTクルーザーであることは信じていい。
味気ない金属の塊に関して言えば、このMODの背後にいるデザイナー、HWTsuchiyaNathanと名乗る紳士は、絶妙な趣味を持っている。「絶妙(exquisite)」という言葉の甚だしい誤用でなければの話だが。ヴォクスホール シントラ(※3)を駆って、フィアット マレア ウィークエンドを追い抜き勝利へ向かうことができるレースゲームが、他にあるだろうか? 「平凡であること(unremarkable)」への献身ぶりは、「非凡(remarkable)」である。
私は人々がEV(電気自動車)について文句を言うのを聞くのにうんざりしているし、決まりきった通勤にはEVが適していると信じている。だが、この「ごく普通の箱車」への関心の再燃は、単なるノスタルジーだけではなく、現代の電気自動車の大半に個性が著しく欠けているという事実に、一部起因しているのではないかと思わずにはいられない。ワープするような加速力で助手席の乗員の頭をヘッドレストに押し付けるという目新しさは、しばらくすると薄れてしまい、通常あとに残るのは、重苦しく、感覚のない運転体験だけだ。
古い車はより軽く、面白くて斬新な癖があり、多種多様で特徴的な内燃機関を搭載している。「退屈な」古い車は、実際には退屈である「面白い」新車よりも、本質的に運転して面白いのではないだろうか? 私の頭の中では、この文章はもっと筋が通っていたと誓うよ……。
【補足・注釈】
※1 シュコダ エンヤック(Skoda Enyaq): チェコの自動車メーカー、シュコダの電気自動車SUV。日本未導入。
※2 フェスティバル オブ ジ アンエクセプショナル(Festival of the Unexceptional): クラシックカー保険大手のハガティが主催する、英国のイベント。「特に優れていない、普通の車」だけが集まる祭典として人気を博している。
※3 ヴォクスホール シントラ(Vauxhall Sintra): GM傘下のオペル/ヴォクスホールが販売していたミニバン。日本ではオペル・シントラとして短期間販売されていたが、信頼性の低さで悪名高い。
※ベージュ(Beige): 英語圏の車スラングで「ベージュ」は、高齢者が乗るような「退屈で特徴のない車」を意味する。日本のアウトドアブームにおけるお洒落なアースカラーとはニュアンスが異なる。
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新車にリースで乗る 【KINTO】
=海外の反応=
「古くて平凡な車が面白い理由はいくつかあると思う。
・かつてのマッスルカー時代やカプリ・マニアと同じように、若者たちは親が昔運転していたのと同じ車を運転するのがどんな感じか体験したいんだ。
・税金の問題もあるかもしれない。多くの国では、古くてパワーのない車は、準最新のハッチバックやもっと強力な車に比べて税金が小銭程度で済む。安く維持できて、ただ走るだけの車に乗れるってわけだ。
・シンプルさへの憧れ。常に情報過多な世界からのデトックスだ。ガラケーの自動車版みたいなもんだよ」
↑「いじり甲斐があるってのも魅力の一つだよ。2008年の金融危機の時に1976年式アルファ スパイダーを売らなきゃならなかったけど、それまでは平日の夜にブレーキを交換したり、週末に向けて調子を上げたりできた。現代の車でそれをやるのはほぼ不可能に近いからね。
英国では、正真正銘のクラシックカーなら税金も保険もタダみたいなもんだ(40年以上前の車なら自動車税は免除だし、毎年のMOT車検の義務もない)」
↑「俺は本当に80年代初頭のメルセデスSクラスを買うべきだな。これは天啓に違いない」
「親父がモンテゴに乗ってたよ…あれは本当に酷かった。まあ、その前に乗ってたモーリス マリーナ(※トップギアでピアノを落とされる常連のダメ車)よりはマシだったけどな。マリーナは神が与えた試練としか言いようがなかったから!」
↑「ああ、ノスタルジーには浸れるけど、客観的に見れば退屈な現代車の方がどれだけ優れているかが見えなくなりがちだ。安全性、信頼性、快適性、どれをとっても上だ。
でも、この議論は俺が覚えている限りずっと繰り返されてるよ。80年代にも『新車はどれも同じに見える、個性が失われた』って文句を言ってた。だから30年後には『BYD シール(※中国製EV)』を懐かしんで、『あの頃はまだ個性的な車を作ってたな!』なんて言う日が来るのを楽しみに待とうぜ!
個人的な意見を言わせてもらえば、a) シトロエンが『操作系がどこにあるかすぐに分かる車』を作り始めた時、そして b) ランボルギーニが『操作が簡単で、エアコンが効いて、ドアを開けて身を乗り出さなくてもバックできる車』を作り始めた時、何かが死んだんだと思う。そんなのどこが面白いのさ?」
「俺の1994年式シトロエンAXはパワーウィンドウ付きだったぜ(自慢)。面白かったのは、窓を開けるには上のボタンを、閉めるには下のボタンを押すのが自然に感じられたことだ。あと、ドアポケットにはシャンパンボトルが一本入る大きさがあった。現代の車の方がデザインが優れているなんて誰が言った?」
↑「子供が小さかった頃、モンテゴの2.0ガソリン、カントリーマン7人乗りエステートを2台乗り継いだ。優秀で快適、運転もしやすくて信頼性もあったよ。過小評価されすぎだ」
「てっきり編集部のお気に入りを紹介する記事かと思った」
「俺は992型ポルシェ 911 GTSで定期的なカーミーティングに参加してる。そこにはF40、812の限定版、296スパイダー、その他フェラーリ、ランボ、マクラーレン、スカイライン、大量のポルシェ、R8、数千万円クラスのクラシックカーなんかが集まる。現代のホットハッチや00年代の日本車ベースのラリーカーもいる。どんな好みでも満足できる素晴らしい集まりだ。
で、昨年の8月に『ベストカー』に選ばれたのは何だと思う? 走行距離8000マイル(約1.3万km)の1990年式オースチン メトロだったよ。
俺はいま、状態の良い90年代半ばのシトロエンAX 11フォルテを必死に探してる(まあ無理だろうな、登録されて残ってるのは7台だけらしいから)」
「90年代の『フェラーリ・ベージュ』色のシトロエンBX 19TGD(The Turgid=腫れぼったい、の意)が大好きだった。ハイドロニューマチック・サスペンションが壊れかけてて減衰力がゼロだったから、段差を越えるたびに激しく揺れて笑えたよ。ハンプシャーの公園から羊の糞だらけの道を自転車積んで走ってたから、車内は家畜小屋みたいな臭いがしてた。所有してた1年間、一度も洗車しなかったな。エンジン以外の部分は崩壊しつつあったけど、エンジンだけは快調だった。70頭のフランス馬(何頭かは逃げ出したかも)が頑張ってたよ。下取り保証のあるガレージで1000ポンドで引き取ってもらったけど、実際の価値は5ペンス(約10円)くらいだったろうな」
「友人が1990年式プジョー205 GTI 1.6を日常の足として使おうとしたことがある。古くても退屈じゃなかったけど、あれは週末専用のおもちゃにしておくべきだったな。そのプジョーは仲間内で長いこと笑い種になったよ。30年前の車を毎日使おうとするとどうなるか、その見本みたいな故障のオンパレードだった。
覚えてるだけでも、ギアボックスとクラッチが死んでフルリビルドが必要になったり、燃料インジェクターが死んでキャブレター車みたいな音がしたり、始動時にアクセル煽らないとエンジンが止まったり。カバーもかけずに外に置いてたから、錆も酷かった。
現代の車が完璧かと言えばそうじゃないけど、俺ならそっちを選ぶね。古い車は手入れして週末だけ乗るなら最高だけど、日常使いするのは別問題だ。『古い車の方が信頼性が高い』なんてのは、必ずしも真実じゃない」
「新車の唯一の利点は燃費だ。信頼性が高いわけじゃない。昔、車が信頼できた頃は1000ccエンジンの出力は55〜60馬力だったけど、今は倍出てる。新車は快適かもしれないが、ドイツのサーキットを何分で走れるとか、そんなことばかり気にしてる」
「俺は『面白い』車なんていらない。信頼性、安全性、快適性が欲しい。モンテゴにはそのどれもないと思う」
↑「子供の頃、モンテゴ(1.6 HLエステート、ゴールド塗装にベロア内装)が家にあった。当時所有した中では最も信頼できる車だったよ。それ以前はボクスホール、プジョー、タルボ、フォード、マエストロに乗ってた。タルボ ホライズンは最悪で、プジョー504が最高だったけど、最新の電子点火装置付きのモンテゴが来てからはそれが一番になった。
今欲しいか? 絶対に嫌だね。でも当時は、同等のフォード シエラやボクスホール キャバリエよりマシだったんだ」
↑「モンテゴを2台乗り継いだけど、トラブルなんて一度もなかったぞ。もちろん、今古い車を所有するのは全く別の話だけどな」




